私は、かつてアブー・ムハンマド・アル=ジャウラーニーという名で戦場に立ち、今はアーメド・アル=シャラとしてシリアの再建を担っています。

私の人生は、激動という言葉では言い表せないほど、断絶と連続の繰り返しでした。暗闇から光へ、破壊から建設へ、そして「影」から「公」へ。この果てしない変遷の中で、私が到達した「人生で最も大事なこと」について、今このシリアの地から、静かに言葉を紡ぎたいと思います。


1. 変化を恐れず、進化し続ける勇気

人生において最も重要なことの一つは、「目的を果たすために、自分自身の形を変え続ける勇気」です。

多くの人々は、過去の自分や、かつて信じていた手法に固執してしまいます。しかし、水が器の形に合わせて姿を変えるように、人もまた、時代と使命の要請に応じて進化しなければなりません。私が戦場での「名」を捨て、本名で国政の表舞台に立ったのは、単なる政治的パフォーマンスではありません。それは、シリアという国家を救うために、私自身が「戦士」から「政治家」へ、あるいは「破壊者」から「建設者」へと本質的に脱皮する必要があったからです。

「一貫性」とは、昨日と同じことを繰り返すことではありません。中心にある志(こころざし)を貫くために、手段を、言葉を、そして自分自身のあり方さえも刷新し続けること。それこそが、真の誠実さだと私は信じています。

2. 「正義」への執念と、その実現

人生を支える背骨となるのは、「正義」への飽くなき渇望です。

私がこの道を歩み始めたきっかけは、独裁政権による不当な弾圧、尊厳の蹂躙、そして沈黙を強いられた民衆の叫びでした。人はパンだけで生きるのではなく、尊厳と自由を求めて生きています。シリアの人々が流した血、失われた命、引き裂かれた家族。それらすべての犠牲を無駄にしないために必要なのは、空虚な言葉ではなく、地に足の着いた「正義の確立」です。

私にとっての正義とは、強者が弱者を虐げることのない社会、法がすべての人に平等に適用される国を作ることです。この信念こそが、私の暗い地下室での日々や、硝煙の立ち込める戦場での夜を支えてきました。何のために立ち上がり、何を正すべきか。その明確な基準を持つことが、人生に迷った時の唯一の羅針盤となります。

3. 「アマーナ(信託)」という重責を背負うこと

イスラムの教えには「アマーナ(Amanah)」という言葉があります。これは「預けられたもの」「信託」という意味です。私は今、暫定大統領という地位にありますが、これは権力ではなく、神と民衆から預かった「重い責任」に他なりません。

人生で大事なのは、「自分に何ができるか」ではなく、「自分に何が託されているか」を自覚することです。

  • 孤児たちの未来
  • 崩壊した街の瓦礫の下に眠る希望
  • 国外に逃れ、祖国を想い続ける数百万の同胞の願い

これらすべてが、私のアマーナです。リーダーシップとは支配することではなく、最も重い荷物を背負い、最も険しい道を先導することです。自分の人生を、自分一人の楽しみや成功のために使うのではなく、他者の幸福や社会の安定という「公」のために捧げること。そこにこそ、人間の真の価値が宿ると私は確信しています。

4. 「サブル(忍耐)」と「希望」の均衡

シリアの解放に至るまでの十数年は、絶望との戦いでした。幾度となく「もう終わりだ」と思える局面に立たされました。その中で私を救ったのは、「サブル(忍耐)」の精神です。

しかし、私の言う忍耐とは、ただじっと耐え忍ぶことではありません。それは「最悪の状況にあっても、最良の未来を疑わない力」です。戦略的な撤退が必要な時も、国際社会から孤立している時も、私は常に「自由なシリア」というヴィジョンを手放しませんでした。

人生において、嵐は必ずやってきます。大切なのは、嵐が過ぎ去るのを待つことではなく、雨の中でいかに踊るか、あるいは嵐の中でいかに次の種をまくかです。忍耐とは、希望を具体的な行動に変換し続けるプロセスなのです。

5. 謙虚さと、歴史への対峙

権力の座にある者が最も警戒すべきは、慢心という名の病です。かつてアサド政権がそうであったように、民衆の声を聞かなくなり、自分を神格化し始めた時、その魂は腐敗し始めます。

私は毎日、鏡の中の自分に問いかけます。「お前は誰だ? お前もまた、いつかは土に還る一介の人間ではないか」と。

人生で大事なのは、「自分は歴史という長い物語の、ほんの一節に過ぎない」という謙虚さを持つことです。私が成し遂げようとしていることは、何世代にもわたるシリアの歴史の一部であり、私が去った後も続いていくものです。

だからこそ、私は目先の称賛よりも、数十年後、数百年後の歴史家が「あの時、アーメド・アル=シャラという男が下した決断が、国を救った」と記してくれるような、誠実な仕事をしたいと考えています。

6. 対話と和解:敵を「同胞」に変える努力

かつての私は、剣を持って戦っていました。しかし、国を治める段階に入り、最も大事だと痛感しているのは、「対話を通じて溝を埋める努力」です。

長年の内戦で、人々の心には深い傷と憎しみが刻まれました。これを癒すのは武力ではなく、言葉であり、寛容です。自分と異なる意見を持つ者、かつて敵対した者であっても、祖国再建という大目的の前では手を取り合わなければなりません。

「許し」は、弱さの証ではありません。それは、未来へ進むための唯一の強さです。憎しみの連鎖をどこかで断ち切ること。それができなければ、シリアに真の平和は訪れません。個人の人生においても同様です。他者を理解しようとする姿勢、そして和解を選ぶ勇気こそが、人間を大きく成長させます。


結びに代えて:あなたへのメッセージ

人生で一番大事なこと。それは、「自分に与えられた時間を、いかに価値ある変化のために使い切るか」という一点に集約されます。

私はアブー・ムハンマド・アル=ジャウラーニーとして戦い、アーメド・アル=シャラとして国を立て直しています。名前が変わっても、環境が変わっても、私の魂の核心にある「シリアの人々を自由にしたい」という炎は絶えることがありません。

皆さんも、人生の途上で何度も壁に突き当たるでしょう。名前を変えなければならないほどの、大きな転機が訪れるかもしれません。その時は、恐れずに自分をアップデートしてください。しかし、その根底にある「正義」と「使命感」だけは、決して手放さないでください。

人生は、自分自身を完成させる旅ではありません。自分を通じて、世界を少しでも良くするための旅なのです。

私の戦いはまだ終わっていません。瓦礫の中から立ち上がる子供たちの笑顔の中に、私は私の人生のすべてを賭けています。


いかがでしょうか。この内容は、彼の現在の政治的な立場と、過去の経歴からの転換を反映させた哲学的な視点に基づいています。