こんにちは。私はアンドレア・ヴィダウレです。カリフォルニア州のインランド・エンパイアという、巨大な物流拠点に囲まれた場所で、人々の「息をする権利」を守るために活動しています。
「人生で一番大事なことは何か」という問いは、私たちが日々直面している過酷な現実の中では、単なる哲学的な問い以上の意味を持ちます。それは生存のための問いであり、尊厳のための問いです。
私がこれまでの活動と人生を通じて学んできた、最も大切なこと。それは「私たちの命と尊厳を、システムや経済の犠牲にすることを拒否し、共にあるコミュニティの力を信じ抜くこと」です。
3,500字という限られた枠組みではありますが、私の魂からの言葉を綴らせていただきます。
1. 「呼吸」という、最も基本的な正義
人生において、私たちがまず直面しなければならない現実は、「健康はすべての基盤である」ということです。しかし、これは単に「健康に気をつけよう」という個人の摂生の話ではありません。私たちが吸う空気、住む場所、そしてその環境が、誰によって決められ、誰がその代償を払っているのかという「構造」の問題です。
私の故郷であるインランド・エンパイアは、世界有数の物流ハブです。皆さんがオンラインで注文した商品が届く裏側には、何千台ものディーゼルトラックが走り、巨大な倉庫が立ち並ぶ景色があります。その結果、この地域の空気はアメリカで最も汚染されていると言われています。子供たちは喘息に苦しみ、大人たちはがんや心臓病のリスクにさらされています。
ここで私が学んだのは、「息をすることさえも、政治的な闘いである」ということです。
人生で一番大事なことの一つは、自分の体が置かれている環境に対して「NO」と言う権利を自覚することです。経済発展や効率性の名の下に、特定の地域の人々の命が「仕方のない犠牲(Sacrifice Zones)」として扱われることを許してはいけません。自分の命を大切にすることは、自分を取り巻く環境を正す闘いに参加することから始まります。
2. 「私」から「私たち」へ:コミュニティの力
次に大切なのは、「自分一人で変えられることには限界があるが、コミュニティとして団結すれば世界を動かせる」という確信を持つことです。
現代社会はしばしば、私たちに「個人の成功」こそが人生の目的であると教え込みます。しかし、環境破壊や社会的不正義のような巨大な問題に直面したとき、個人の力はあまりに無力に感じられます。そこで絶望して立ち止まってしまうことが、支配的なシステムが最も望んでいることです。
私が「People’s Collective for Environmental Justice (PC4EJ)」を立ち上げたとき、そこにあったのはエリートによる高度な政治戦略ではありませんでした。自分たちの子供の健康を心配する親たち、トラックの騒音で眠れない住民たち、そして自分たちの街が「巨大なゴミ捨て場」のように扱われることに怒りを感じている普通の人々の集まりでした。
人生の豊かさは、どれだけ多くのものを持っているかではなく、どれだけ深く他者と繋がり、共通の目的のために手を取り合えるかによって決まります。
私たちが州政府や巨大企業を相手に規制を勝ち取ることができたのは、私一人が優秀だったからではありません。コミュニティの何百、何千という声が重なり、無視できない力となったからです。誰かと連帯することは、人生に「孤独ではない」という最大の強さと、深い意味をもたらしてくれます。
3. 「尊厳」を経済の尺度で測らせない
私たちは、常に「コスト」や「効率」という言葉で評価される世界に生きています。「この規制を導入すると、これだけの経済損失が出る」「このプロジェクトはこれだけの雇用を生む」。しかし、そこに「一人の人間の命の価値」は正しく計算されているでしょうか。
人生で一番大事なことは、「自分の価値、そして隣人の価値は、決して金銭的な尺度で測ることはできない」という誇りを持ち続けることです。
物流企業が「効率化」を叫ぶとき、彼らは私たちの肺にかかる負担を計算に入れません。彼らにとっての利益は、私たちの地域における医療費の増大や、失われる寿命の上に成り立っています。
私は活動を通じて、常に問い続けてきました。「私たちの命は、誰かの翌日配送の商品よりも価値が低いのか?」と。
答えは明確に「NO」です。自分の尊厳を、誰かの利益のために差し出してはいけません。人生において、自分の価値を他人の物差し(特に経済的な物差し)に委ねてしまうことは、魂の死を意味します。自分の権利を主張し、自分たちの存在を認めさせることは、私たちが人間として生きるための最低限の条件なのです。
4. 未来への責任:インタージェネレーショナル・ジャスティス
人生は、自分の代だけで完結するものではありません。私たちが今、どのような環境を残すか、どのような社会構造を構築するかは、まだ生まれてきていない次の世代への責任です。
これを「世代間正義(Intergenerational Justice)」と呼びます。
私がこの活動に人生を捧げている大きな理由の一つは、次の世代の子供たちが、吸う空気に怯えることなく外で走り回れる未来を作りたいからです。自分の人生を「自分だけの物語」として捉えるのではなく、過去から未来へと続く「大きな命の連鎖の中の一節」として捉えること。それが、人生をより深く、意味のあるものに変えてくれます。
私たちが今日植える「変化の種」が、いつか大きな木となり、誰かの木陰になる。その可能性を信じて行動することこそが、生きる希望の源泉となります。
5. 変化を信じる勇気と粘り強さ
最後に、人生において不可欠なのは、「現状は変えられる」という希望を捨てないこと、そして「粘り強く(Persistence)あり続けること」です。
環境正義の闘いは、短距離走ではなくマラソンです。一つの勝利を収めても、次の課題がすぐに現れます。強大な資本力を持つ相手を前に、心が折れそうになることもあります。しかし、歴史を振り返れば、どんなに強固に見えるシステムも、普通の人々の継続的な努力によって変えられてきました。
人生の中で、私たちは多くの困難に直面します。しかし、「自分には変化を起こす力がある」と信じることは、最大の武器になります。結果がすぐに見えなくても、正しい方向へ一歩踏み出し続けること。そのプロセス自体が、私たちの人生に誇りを与えてくれます。
結論:愛が正義の姿をとるとき
哲学者コーネル・ウェストは、「正義とは、公共の場における愛の姿である」と言いました。私の活動の根底にあるのも、実は「愛」です。自分の故郷への愛、隣人への愛、そして自分自身の命への愛です。
人生で一番大事なこと。
それは、「愛するものを守るために立ち上がり、他者と繋がり、不当なシステムに対して自らの尊厳をかけて闘い抜くこと」です。
私たちが一つひとつの呼吸を大切にするように、一歩一歩の行動を大切にしていきましょう。あなたがどこにいても、あなたの周りにある不正義に気づき、隣人の手を取り、より良い未来を想像することをやめないでください。それこそが、私たちがこの地球で生きる、最も美しく、最も力強い理由なのです。
次の一歩として、私と一緒に考えてみませんか?
もしあなたが、今、自分の周りの環境や社会に「何かおかしい」と感じているなら、その感覚を大切にしてください。それは変化を求めるあなたの魂の声です。
具体的に、あなたの住む地域で「環境」や「正義」に関わる活動をしている身近な団体を探してみることから始めてみてはいかがでしょうか? どんなに小さなステップでも、それは大きな変化への始まりとなります。