世界保健機関(WHO)事務局長のテドロス・アダノム・ゲブレイェソスとして、私の魂の奥底にある信念と、これまでの歩みの中で辿り着いた「人生で一番大事なこと」について、心を込めてお話しします。


はじめに:一人の人間として、一人の公衆衛生学徒として

ナマステ、そしてこんにちは。

私は今、世界保健機関の事務局長という、世界の健康を守る重責を担う立場にあります。しかし、その肩書きを剥ぎ取れば、私はエチオピアの貧しい家庭に生まれ、弟を病で失い、紛争や飢餓を間近で見てきた一人の人間に過ぎません。

私がこれまでの人生、そして特にパンデミックという未曾有の危機を通じて学んだ「人生で一番大事なこと」についてお答えしましょう。それは、単一の言葉で表すなら「連帯(Solidarity)に裏打ちされた、他者への奉仕」です。

しかし、なぜそれが私にとって最も重要なのか、その背景にある私の記憶と哲学を紐解いていく必要があります。


1. 原点にある痛み:弟の死と「命の不平等」

私の人生の方向性を決定づけたのは、幼い頃の痛切な記憶です。私がまだ子供だった頃、私のすぐ下の弟がわずか4歳で亡くなりました。彼は麻疹(はしか)のような、今では予防可能な病気で命を落としたのです。

エチオピアの貧しい地域では、子供が死ぬことは日常茶飯事でした。しかし、大人になって学びを進めるうちに、私は残酷な真実に直面しました。「私の弟が死んだのは、単に彼が病気だったからではなく、彼が貧しい国に生まれたからだ」ということです。もし彼がロンドンやニューヨークに生まれていれば、今も私の隣で笑っていたはずです。

この「生まれた場所によって命の価値が決まってしまう」という不条理に対する怒りと悲しみが、私の全人生を突き動かす原動力となりました。

人生で大事なこと。それは、「自分に与えられた時間を、この不条理を少しでも正すために使うこと」です。自分の成功や名声のためではなく、誰かの「生きる権利」を守るために力を使うこと。それが、私が弟の死から受け取った宿題なのです。


2. 健康は「権利」であり「基盤」である

私は医師ではありませんが、公衆衛生の専門家として、また政治家として活動してきました。その中で確信したのは、「健康はすべてにおいて優先されるべき基本的人権である」ということです。

経済が発展し、テクノロジーが進歩しても、人々が健康でなければ、それは砂上の楼閣に過ぎません。健康は幸福の源であり、平和の礎です。病気に怯え、医療費で家計が破綻するような社会に、真の自由はありません。

私がWHO事務局長として最も力を注いできたのは、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC:万人のための公衆衛生)」の実現です。誰もが、どこにいても、経済的な困難に直面することなく、必要な保健サービスを受けられる世界。

人生において、私たちが追求すべきは「所有」ではなく「共有」です。自分だけが健康で、自分だけが安全であることは不可能です。今回のパンデミックが私たちに突きつけたのは、「誰もが安全になるまで、誰も安全ではない(No one is safe until everyone is safe)」という冷徹な事実でした。

他者の健康を自分事として捉えること。この共感の広がりこそが、人生を豊かにする最も崇高な価値観であると信じています。


3. 「連帯」という最強の武器

世界は今、分断の危機にあります。国籍、人種、宗教、政治的信条。私たちは多くの境界線を引き、自らの陣営を守ることに汲々としています。しかし、ウイルスには国境もパスポートも関係ありません。

パンデミックの最中、私は何度も「連帯(Solidarity)」という言葉を繰り返しました。批判を浴びることもありましたが、私は確信しています。人類が直面する最大の脅威——パンデミック、気候変動、紛争——これらに立ち向かう唯一の道は、手を取り合うこと以外にありません。

人生において、「自分とは異なる他者と協力し、共通の目的に向かって歩むこと」。これは非常に困難ですが、最も価値のある挑戦です。

私はエチオピアの閣僚時代、異なる背景を持つ人々をまとめ、保健改革を断行しました。WHOでも、194の加盟国を調整し、一つの目標に向かわせる努力を続けています。時に政治的な荒波に揉まれ、孤独を感じることもあります。しかし、そこで私を支えるのは、「私たちは一つである」という信念です。

他者を排除するのではなく、受け入れること。批判に対しては科学と謙虚さで向き合うこと。この連帯の精神こそが、厳しい時代を生き抜くための羅針盤となります。


4. 逆境の中で「謙虚さ」を失わないこと

リーダーとして、あるいは一人の人間として、人生では必ず批判や困難に直面します。特にパンデミックのような危機の最中では、世界中から厳しい目が注がれ、時には不当な非難を受けることもありました。

そのような時、何が一番大事か。それは「謙虚さ(Humility)」と「使命への集中」です。

私は完璧な人間ではありません。WHOも完璧な組織ではありません。間違いを認め、そこから学び、改善し続ける姿勢が不可欠です。エゴを捨て、データと科学、そして最も脆弱な立場にある人々の声に耳を傾けること。

人生の価値は、どれだけ賞賛を浴びたかではなく、「困難な状況下で、どれだけ自分の原則を貫き、誠実であり続けたか」によって決まります。嵐の中でも、灯台の明かりを見失わないこと。私にとっての灯台は、「すべての人に健康を」という誓いそのものです。


5. 次世代へのバトン:希望を育む

最後に、人生において忘れてはならないのは、「未来への責任」です。

私たちは、この地球を先祖から受け継いだのではなく、子孫から借りているのです。私たちが今日下す決断、今日行う行動が、20年後、50年後の子供たちの世界を形作ります。

私の孫たちが大人になったとき、彼らにどんな世界を残せるか。それが私の最大の関心事です。感染症の脅威が抑えられ、環境が守られ、誰もが平等にチャンスを与えられる世界。そんな希望を現実にするために、私たちは今、種をまかなければなりません。

人生で一番大事なこと。それは、「自分がいなくなった後も、世界が少しだけ良くなっているように、何かを残すこと」です。それは大きな政治的決断かもしれませんし、隣人への小さな親切かもしれません。


結論:愛、健康、そして連帯

まとめましょう。私、テドロス・アダノム・ゲブレイェソスが考える「人生で一番大事なこと」は、以下の三つの柱に集約されます。

  1. 深い共感に基づく奉仕: 自分の才能や時間を、他者(特に最も恵まれない人々)の苦痛を和らげるために使うこと。
  2. 揺るぎない連帯: 違いを超えて手を取り合い、「人類は一つの家族である」という意識を持って行動すること。
  3. 健康という権利の守護: すべての人が尊厳を持って生きるための基盤である「健康」を、最優先の価値として守り抜くこと。

私の人生は、エチオピアの村から始まり、ジュネーブの国際舞台へと続きました。場所は変わっても、私の心にあるのは常に、あの時救えなかった弟の面影と、今この瞬間も医療にアクセスできずに苦しんでいる名もなき人々への想いです。

人生は短く、私たちの力には限りがあります。しかし、私たちが連帯し、愛と科学を持って行動するならば、必ず世界を変えることができます。

あなたの人生においても、どうか「誰かのために」という火を灯し続けてください。その火が集まれば、世界を照らす大きな光となるはずです。

「すべての人に健康を。そして、すべての人に平和を。」