ウォルマートのダグ・マクミロンとして、私のこれまでの人生と、40年以上におよぶキャリアを通じて学んだ「最も大切なこと」についてお話しします。
2026年1月にCEOの職を退くという大きな節目を目前に控えた今、改めて自分の歩みを振り返ると、そこには単なるビジネスの成功を超えた、普遍的な真理がいくつもありました。3,500字という限られた枠の中ではありますが、私の魂からのメッセージをお伝えします。
はじめに:荷出し作業員からCEOへの旅路
1984年、私はアーカンソー州ベントンビルの配送センターで、時給制のアルバイトとして働き始めました。夏の暑い盛り、トラックから荷物を降ろす作業は肉体的に過酷でしたが、そこで私は「ウォルマートという文化」の根源に触れました。当時の私は、将来自分がこの世界最大の企業の舵取りをすることになるとは、夢にも思っていませんでした。
それから40年。バイヤー、サムズ・クラブの責任者、国際部門のトップ、そしてCEOとして、私は数えきれないほどの決断を下し、数えきれないほどの失敗を経験してきました。その長い旅路の果てに、私が「人生で一番大事なこと」として確信しているのは、「誠実さを基盤とし、他者に奉仕すること(Servant Leadership)を通じて、自分自身を更新し続けること」です。
これは一つの言葉で言い表すなら、「Purpose(目的)」を持って生きるということかもしれません。
1. 誠実さ(Integrity)という絶対的な北極星
人生においてもビジネスにおいても、嵐の夜に方向を見失わないための「北極星」が必要です。私にとって、それは「誠実さ」でした。
ウォルマートには、創業者サム・ウォルトンが遺した4つの基本理念があります。その中でも「個人の尊重」と「誠実な行動」は、すべての土台です。誠実さとは、誰も見ていないところで正しいことをすることです。
ビジネスの世界では、短期的な利益のために近道をしたいという誘惑に常にさらされます。しかし、一度失った信頼を取り戻すには、一生かかっても足りないことがあります。私はCEOとして、デジタル変革を推進し、Amazonのような巨大な競合と戦う中で、技術や戦略よりも「私たちは信頼に足る存在か?」という問いを常に自分に投げかけてきました。
人生で最も大事なのは、鏡を見たときに、自分の目に誇りを持てるかどうかです。どんなに高い地位に就き、富を築いたとしても、誠実さを欠いた成功は砂の城に過ぎません。
2. 奉仕するリーダーシップ(Servant Leadership)
「人生で一番大事なこと」の二つ目は、「自分以外のために何ができるか」を考え、行動することです。
サム・ウォルトンはよく店舗を回り、現場の従業員(アソシエイト)の声を熱心に聞いていました。彼は、ピラミッドの頂点に君臨する王ではなく、現場を支える土台としてのリーダーでした。私はその姿を追い続けてきました。
CEOの役割とは、指示を出すことではなく、200万人を超えるアソシエイトたちが最高の仕事をし、何億人ものお客様が「より良い暮らし(Live Better)」を送れるように障害を取り除くことです。私たちが掲げる「Save Money. Live Better.」というスローガンは、単なるマーケティング用語ではありません。それは私たちの存在理由であり、社会に対する約束です。
自分のためだけに生きる人生は、驚くほど狭く、退屈なものです。しかし、誰かの生活を少しでも楽にし、誰かのキャリアを支援し、地域社会に貢献することを目的とした瞬間、人生は無限の広がりを持ち始めます。私が配送センターで働いていた頃、当時の上司が私を「単なる労働者」ではなく「将来の可能性」として扱ってくれたように、他者の可能性を信じ、引き出すことこそが、最高に豊かな生き方なのです。
3. 「耳を傾ける」という最高の学び
私はよく「話すことよりも聞くことの方が重要だ」と言います。これは人生のあらゆる場面で通用する真理です。
ウォルマートのような巨大組織を動かすとき、答えは決して本社の役員室にはありません。答えは常に、店舗の通路(アイル)にあり、配送センターの現場にあり、そしてお客様の家庭の中にあります。
私はCEOになってからも、できる限り現場に足を運ぶことを大切にしてきました。そこでアソシエイトたちの不満や提案に耳を傾けるとき、私は最も多くを学びました。自分の意見を押し通すのではなく、謙虚に「私は何を知らないのか?」を問い続ける姿勢。この「好奇心」と「傾聴」こそが、人を成長させ、組織を停滞から救います。
人生において、自分の正しさを証明しようとする時間を減らし、他者の経験から学ぼうとする時間を増やしてください。そうすることで、あなたの世界は驚くほど豊かになります。
4. 変化を愛し、自己を更新し続ける
私がCEOに就任した2014年当時、ウォルマートは「時代遅れの小売業」と見なされる危機にありました。デジタル化の波に乗り遅れ、存亡の機に立たされていたと言っても過言ではありません。
その時、私たちがしたことは「変化を受け入れる」ことでした。これまでの成功体験を捨て、eコマースを強化し、AIを導入し、店舗の役割を再定義しました。それは痛みを伴うプロセスでしたが、変化を恐れて立ち止まることこそが最大の極点のリスクであることを私たちは知っていました。
人生も同じです。昨日までの自分、昨日までの成功に執着した瞬間から、退化が始まります。
「学び続けること(Always Learning)」を止めてはいけません。私は還暦を前にした今でも、新しい技術や若い世代の価値観から学ぼうと必死です。世界は常に動いています。その流れを拒絶するのではなく、波に乗り、自分をアップデートし続ける勇気を持ってください。
「今、この瞬間も私は進化の途中である」と信じること。それが、人生をエネルギッシュに保つ秘訣です。
5. レジリエンス:逆境こそが教師である
40年の間、順風満帆な時期ばかりではありませんでした。業績の低迷、社会的な批判、そしてパンデミックという未曾有の危機。リーダーとして、眠れない夜を過ごしたことも何度もあります。
しかし、振り返ってみれば、私を最も成長させてくれたのは成功ではなく、失敗や逆境でした。
逆境に直面したとき、「なぜ私にこんなことが起きるのか」と嘆くのではなく、「この状況は私に何を教えてくれているのか」と問うようにしてきました。
困難は、自分の信念がどれほど強いかを試すテストです。そして、それを乗り越えるたびに、あなたは以前よりも強く、賢く、優しくなれます。人生で大事なのは、何度転んだかではなく、そのたびにどう立ち上がったかです。その不屈の精神(レジリエンス)を養うことが、不確実な時代を生き抜く武器になります。
結びに:次世代へつなぐバトン
私がもうすぐウォルマートのCEOという重責を終えるにあたって、心にあるのは深い感謝です。
10代の少年にチャンスを与えてくれた会社、共に戦ってくれたアソシエイトたち、そして支えてくれた家族。
人生の最後に残るものは、あなたが稼いだ金額でも、手に入れた役職の称号でもありません。あなたがどれだけの人を愛し、どれだけの人を助け、どのような影響を世界に遺したか(レガシー)です。
私の「人生で一番大事なこと」をまとめましょう。
- 誠実であること。 自分に対しても他者に対しても、常に正直でありなさい。
- 目的を持つこと。 自分の才能を、他者の幸せのために使いなさい。
- 学び続けること。 好奇心を失わず、生涯現役の学生でありなさい。
- 変化を恐れないこと。 新しい自分に出会うことを楽しみなさい。
- 感謝すること。 今ある環境と、周りの人々に感謝の心を持ちなさい。
ウォルマートの配送センターでトラックの荷物を降ろしていたあの日の私に、今の私が声をかけるとしたら、こう言うでしょう。「ダグ、目の前の仕事に全力を尽くしなさい。そして周りの人を大切にしなさい。君が想像もできないような素晴らしい旅が待っているから」と。
皆さんの人生という名の旅が、目的と喜びに満ちたものになることを心から願っています。
退任を控えた一人の経営者の言葉として、このメッセージがあなたの人生の何らかのヒントになれば幸いです。