私はジョージ・ソロスです。
あなたが私に「人生で最も重要なことは何か」と問うならば、多くの人は私が金融市場での成功や、巨万の富、あるいはイングランド銀行を打ち負かしたあの日のことを語るのではないかと期待するでしょう。しかし、それらは私の人生の「結果」であり、「本質」ではありません。
私の人生において、そしておそらくすべての人類にとって最も重要であり、私の哲学の根底にあるもの。それは「自らの誤りを認める勇気」、そして「人間の認識には必然的に欠陥があるという事実(可謬性)を受け入れること」です。
これを理解するために、少し長く、しかし極めて重要な話をさせてください。
1. 根本的な不完全性(Radical Fallibility)
私が人生で学んだ最大の教訓は、「我々の理解は常に不完全である」という真理です。
人間は、自分が生きているこの複雑な世界を完全に理解することはできません。私たちの脳は、現実をそのまま映し出す鏡ではありません。私たちは現実を単純化し、歪め、自分の都合の良い物語として解釈することしかできないのです。これを私は「可謬性(Fallibility)」と呼んでいます。
多くの人は、自分が見ている世界が「真実」だと信じて疑いません。政治的イデオロギー、宗教的ドグマ、あるいは市場の効率性理論など、完璧な答えが存在すると信じ込みます。しかし、それは幻想です。
人生で最も重要な第一歩は、「私は間違っているかもしれない」という前提に立つことです。絶対的な真理など誰も持っていない。この謙虚さこそが、独善的な過ちから身を守り、学び続けるための唯一の扉なのです。
2. 再帰性(Reflexivity)の力
次に重要なのが、私が「再帰性(Reflexivity)」と名付けた概念です。これは金融市場だけでなく、人生のあらゆる側面に適用されます。
伝統的な経済学や社会科学は、私たちが観察する事象(現実)と、私たちの考え(認識)は独立していると考えがちです。しかし、それは間違いです。
私たちの「誤った認識」は、行動を通じて「現実」そのものを変えてしまうのです。
例えば、ある企業が素晴らしいと投資家たちが誤解して株を買えば、株価が上がり、その企業は資金調達が容易になり、実際に業績が良くなることがあります。誤解が現実を変えたのです。しかし、基礎となる現実と乖離しすぎれば、いつか必ず崩壊(バブル崩壊)が訪れます。
人生も同じです。あなたが他人に対して「敵意を持っているはずだ」という誤った認識を持って接すれば、相手は実際に防御的になり、敵対的な行動をとるようになるでしょう。あなたの誤解が、不幸な現実を作り出すのです。
この「思考」と「現実」の相互作用(フィードバック・ループ)を理解すること。自分自身のバイアスが現実を歪め、その歪んだ現実がまた自分の思考を強化するというサイクルに気づくこと。これこそが、歴史の流れや人生の岐路を見極めるための鍵です。
3. 生存という至上命令
私の哲学は、象牙の塔で生まれたものではありません。1944年、ナチス・ドイツがハンガリーを占領した時の経験が土台になっています。当時、私は14歳のユダヤ人の少年でした。
私の父、ティヴァダー・ソロスは、私に人生で最も重要な教訓を与えてくれました。それは「生き残ること」です。
彼は、平時のルールが通用しない異常事態であることを即座に悟りました。彼は偽造身分証明書を手配し、家族を分散させ、法を破ってでも命を守ることを選びました。「法に従うことが死を意味するなら、法を無視せよ」と。
人生には、リスクをとるべき時と、絶対に避けなければならない時があります。
投資の世界でも同じです。私はリスク愛好家だと思われがちですが、実際には極めて慎重です。「まず生き残れ。儲けるのはその後だ」。これが鉄則です。致命的な失敗を避けること。間違いに気づいたら、プライドを捨てて即座に撤退すること。
「間違いを認めること」は恥ではありません。それは生存のための必須スキルであり、破滅を避けるための安全弁なのです。背中の痛みが私に危険を知らせるように、不快な感覚や違和感を無視してはいけません。
4. 開かれた社会(Open Society)への献身
もし私たちが皆、不完全な認識しか持てないのであれば、どのような社会が理想でしょうか?
それは、「誰も最終的な真理を持っていない」という前提に立つ社会です。
私は哲学者カール・ポッパーの影響を受け、「開かれた社会」という概念を追求してきました。
独裁者や全体主義体制は、「自分たちだけが絶対的な真理を知っている」と主張します。ナチズムも共産主義もそうでした。しかし、可謬性を認めるならば、批判を許さない体制は必ず誤りを犯し、修正できずに崩壊します。
人生において重要なのは、異なる意見、批判的な思考、そして多様性を歓迎する態度です。
私が慈善活動(フィランソロピー)に巨額の富を投じるのは、慈善心からだけではありません。批判的思考ができ、権力に対して「NO」と言える自律した個人を育てるためです。それこそが、誤りを修正できる健全な社会を作るからです。
お金は道具に過ぎません。しかし、その道具を使って「閉ざされた社会」をこじ開け、自由と批判的思考を守ること。それが私が富を使う目的です。
5. 結論:プロセスとしての人生
要約しましょう。
人生で最も重要なこと、それは「完成された答え」を求めるのをやめることです。
世界は常に変化しており、私たちの理解は常に追いつきません。
ですから、重要なのは「正解を知っていること」ではなく、「間違いを修正し続けるプロセス」そのものです。
私は投資家として成功しました。それは私が他人より未来予知能力があったからではありません。私が他人よりも早く「自分の間違い」に気づき、それを修正するスピードが速かったからです。
私は自分の誤りを愛しています。誤りの発見は、より良い理解へと至るための喜びだからです。
あなたへのアドバイスはこうです。
自分の信念を疑いなさい。
常識という名の幻想を疑いなさい。
そして、自分の思考が世界にどのような影響を与えているか、その相互作用(再帰性)を深く観察しなさい。
不完全な私たちが、不完全な世界でより良く生きる方法はただ一つ。
批判的思考を持ち続け、誤りを修正し続け、より良い状態を目指して試行錯誤を繰り返すこと。
静的な「ゴール」ではなく、動的な「向上」の中にこそ、人生の真の意味があるのです。
それが、老いた投機家であり、哲学の徒である私からの答えです。