成毛眞です。
「人生で一番大事なことは何か」。
そんな、手垢のついた陳腐な質問を私に投げかけてくるとは、あなたも相当な物好きか、あるいは現状に余程の閉塞感を抱いているかのどちらかでしょう。
普通なら「愛」だの「感謝」だの、あるいは「努力」だのと答えるのが定石かもしれません。しかし、私がそんな耳障りの良い言葉を並べ立てたところで、あなたは1ミリも面白くないはずです。書店に平積みされている自己啓発本を読めば済む話ですからね。
あえて私が、今の時代、そしてこれからの混沌とした未来を見据えて答えるならば、人生で最も大事なこと。それは「教養に裏打ちされた『面白がる力』」、そして「潔く捨てる力」の2つです。
なぜこの2つなのか。少し長くなりますが、私の頭の中にある地図を広げてお話ししましょう。
第一章:正解のない時代を生きるための「武器」
まず前提として、私たちが生きてきた「正解のある時代」は完全に終わりました。
いい大学に入り、大企業に就職し、定年まで勤め上げれば幸せな老後が待っている――そんな昭和のすごろくは、とっくに崩壊しています。にもかかわらず、多くの日本人は未だにその幻想にしがみつき、レールから外れることを極端に恐れている。これこそが、現代人の不幸の根源です。
これからの世界は、AIの進化や地政学的なリスク、気候変動などが絡み合い、極めて予測困難です。私が著書『2040年の未来予測』などで繰り返し述べているように、テクノロジーの進化は指数関数的であり、昨日の常識は明日の非常識になる。そんな世界において、過去の成功体験や、誰かが決めた「正解」を暗記することに何の意味があるでしょうか。
そこで必要になるのが「教養」です。
私が言う教養とは、単なる知識の蓄積ではありません。歴史、科学、芸術、経済……一見バラバラに見える事象の間に繋がりを見出し、自分なりの視点で世界を解釈するフレームワークのことです。これがないと、溢れかえる情報の波に溺れ、フェイクニュースや扇動的な言説に簡単に騙されることになります。
「自分の頭で考える」というのは、無から有を生み出すことではありません。自身の内にあるデータベース(教養)と照らし合わせ、論理的に推論することです。人生という航海において、教養は羅針盤であり、エンジンでもあります。
第二章:全てを「面白がる」という最強の生存戦略
そして、その教養をドライブさせる燃料となるのが「面白がる力」、つまり好奇心です。
私はHONZという書評サイトを長年運営してきましたが、そこで紹介するのはビジネス書のような実用的な本ばかりではありません。昆虫の生態、刑務所の建築史、変な地図の話……一見何の役にも立たないような本こそを面白がってきました。
なぜか。それは「役に立つこと」しかやらない人生が、いかに脆弱でつまらないかを知っているからです。
「役に立つ」とは、既存の価値観の中での最適化に過ぎません。しかし、イノベーションや人生の劇的な転換は、往々にして「一見無駄なこと」「訳のわからないもの」から生まれます。スティーブ・ジョブズがカリグラフィー(文字芸術)に没頭していたことが、後のMacintoshの美しいフォントに繋がった話はあまりにも有名ですが、まさにそれです。
人生で大事なのは、他人から見て「何の意味があるの?」と言われるようなことに、どれだけ熱中できるかです。
大人になると、人はすぐに「コスパ」や「タイパ(タイムパフォーマンス)」を気にし始めます。しかし、効率を追求すればするほど、人生は予定調和になり、驚きが失われます。AIは効率化の天才ですが、「面白がる」ことはできません。これからの時代、AIに代替されない人間本来の価値は、この非合理な「熱狂」や「偏愛」の中にしか残らないのです。
道端の雑草を見て「面白い」と思えるか。難解な物理学の本を読んで、わからなさ加減を「面白い」と感じられるか。トラブルに巻き込まれた時、それを悲劇のヒロインになって嘆くのではなく、「これはネタになる」と客観視して面白がれるか。
この「面白がる力」さえあれば、老いも、孤独も、環境の変化も、すべてエンターテインメントに変換できます。最強の生存戦略だと思いませんか?
第三章:「捨てる力」が人生の密度を決める
さて、好奇心を持って色々なことに手を出すと、必然的に時間が足りなくなります。そこで重要になるのが、もう一つの柱である「捨てる力」です。
多くの人は、抱え込みすぎています。義理人情、過去の栄光、無意味な人間関係、行きたくもない飲み会、将来への漠然とした不安、そして「こうあるべき」という自分自身のプライド。
はっきり言いますが、人生は短いです。そして、私たちの脳のキャパシティも、1日の時間も有限です。
何か新しいものを手に入れるには、何かを捨てなければなりません。にもかかわらず、日本人は「続けること」を美徳とし、「辞めること」を敗北と捉えがちです。「石の上にも三年」なんて言葉がありますが、嫌いな石の上に三年も座っていたら、痔になるだけです。
私はマイクロソフトの社長時代も、そして辞めてからも、常に「自分にとって本当に必要なものは何か」を問い続けてきました。そして、不要だと判断したものは、容赦なく切り捨ててきました。それは冷酷なのではなく、自分の人生に対する誠実さです。
特に50代、60代となれば、残された時間は「死」からの逆算で考えるべきフェーズに入ります。嫌な上司の顔色を伺っている時間も、気の合わない親戚と付き合う時間もありません。
「やらないことリスト」を作ってください。
・気乗らない誘いは断る。
・面白くない本は途中で閉じる。
・自分を不機嫌にする人間とは距離を置く。
そうやってノイズを徹底的に排除した後に残ったもの、それこそが、あなたにとって本当に「大事なもの」です。空白がなければ、新しい面白いことは入ってきません。人生の密度を高めるためには、引き算の美学が必要です。
第四章:孤独を愛し、群れから離れよ
「捨てる」対象には、人間関係も含まれます。
日本社会は同調圧力が強く、どうしても「群れ」を作りたがります。しかし、群れの中にいては、真に自由な発想は生まれません。
私はよく「孤独を愛せ」と言います。これは寂しい人生を送れという意味ではありません。他人の評価軸ではなく、自分の評価軸で生きろということです。一人で本を読み、一人で考え、一人で行動する。その「個」としての強さがあって初めて、他人とも健全な関係が築けるのです。
群れの中で安心している羊ではなく、荒野を駆ける狼であれ、とまでは言いませんが、少なくとも「皆がそうしているから」という理由で自分の行動を決めるのは、思考停止という名の病です。
孤独な時間は、自分自身と対話する贅沢な時間です。教養を深め、好奇心を育てるのは、いつだって孤独な時間の中です。その時間を恐れず、むしろ楽しんでください。
第五章:最終的な結論――「遊び」こそが人生
ここまで小難しく語ってきましたが、究極的に言えば、人生なんて壮大な「暇つぶし」です。
宇宙の歴史から見れば、人間の一生など瞬きするほどの時間もありません。どうせ最後は死ぬんです。それなら、眉間に皺を寄せて苦行のように生きるよりも、子供のように世界を不思議がり、面白がり、遊び尽くして死ぬ方が、遥かにお得だとは思いませんか?
私が考える「成功者」とは、資産の多さでも地位の高さでもありません。死ぬ瞬間に「あー、面白かった。いい暇つぶしだった」と思ってこの世を去れる人です。
そのためには、学び続けることです。
変化を恐れないことです。
そして、自分の直感に従って、軽やかに動くことです。
今、あなたが何歳であれ、遅すぎることはありません。今日が一番若い日です。
もし、今の生活がつまらないと感じているなら、それはあなたが世界をつまらないものだと決めつけているからです。世界は、あなたが想像しているよりも遥かに複雑で、理不尽で、そして面白い。
さあ、この文章を読み終えたら、スマホを置いて(あるいはスマホを使って)、自分がまだ知らない世界への扉を叩いてください。行ったことのない場所へ行き、読んだことのないジャンルの本を買い、話したことのない人と話す。
人生で一番大事なこと。
それは、この理不尽でカオスな世界を、知性とユーモアを持って、最期まで遊び倒すことです。
私の話は以上です。どうです、少しは「面白い」と思えましたか?
あなたへの提案(Next Step)
もし、あなたがこの考え方に少しでも共感し、「面白がる力」を鍛えたいと思ったなら、まずは手始めに「今まで絶対に読まなかったジャンルの本」を1冊購入してみるのはどうでしょう?
例えば、あなたがビジネスマンなら、あえて「植物図鑑」や「哲学書」、あるいは「最新のSF小説」を手に取ってみてください。そこには、ビジネス書にはない、脳を刺激する全く新しい視点が眠っているはずです。
具体的な本の選定に迷うなら、私がいつでも相談に乗りますよ。