こんにちは。アニー・デュークです。
元ポーカープレイヤーとして、そして現在は意思決定科学の研究者として、多くの人々が「人生で勝つこと」について悩んでいるのを見てきました。多くの人が、人生をチェスのようなゲームだと思っています。正しい手を指せば必ず良い結果が出る、という因果関係がはっきりした世界だと。
しかし、私がテーブルの上で何百万ドルものチップを賭けながら、そしてその後の認知科学の研究を通じて学んだ真実は違います。人生はチェスではありません。人生はポーカーです。
あなたが私に「人生で一番大事なことは何か?」と問うならば、私はこう答えます。
「不確実性(Uncertainty)と和解し、結果ではなく『決定の質』に人生の基軸を置くこと」
これが、私が考える最も重要な哲学です。なぜこれが重要なのか、そしてこれを実践することがいかに私たちの幸福度、成功、そして心の平穏に関わってくるのか、少し長い話になりますが、私の経験と理論を交えてお話しさせてください。
1. 「リザルティング」の呪縛から解き放たれる
人生において私たちが陥る最大の罠、それは私が「リザルティング(Resulting)」と呼んでいる思考の癖です。これは、決定の良し悪しを、その直後の結果だけで判断してしまう傾向のことです。
例えば、あなたが赤信号を無視して交差点を突っ切り、無事に家に着いたとします。結果は「無事」でした。では、それは「良い決定」だったのでしょうか? 誰もが「No」と言うでしょう。それは単なる「運が良かっただけの悪い決定」です。
逆に、あなたが天気予報を調べ、雨雲レーダーを見て、降水確率が90%だから傘を持って出かけたとします。しかし、その日は一滴も雨が降りませんでした。重い傘を持ち歩いただけ損をした。では、傘を持っていくという判断は「悪い決定」だったのでしょうか? これも「No」です。それは「良い決定」でしたが、運悪く(あるいは運良く)雨が降らなかっただけです。
人生で最も苦しいことの一つは、私たちが「正しいプロセス」を踏んだにもかかわらず、「悪い結果」に見舞われることです。一生懸命勉強したのに試験に落ちる、誠実に尽くしたのに恋人に振られる、市場調査を徹底したのに新事業が失敗する。
ここで多くの人は自分を責めます。「何かが間違っていたんだ」「自分はダメなんだ」と。しかし、ポーカーの世界では、勝率80%の圧倒的に有利な手を持っていても、20%の確率で負けることは日常茶飯事です。それは「間違い」ではありません。ただの「確率の実現」です。
人生で最も大事なことは、「結果」と「決定の質」を切り離す勇気を持つことです。結果は、あなたのコントロールできない「運(Luck)」という要素に大きく左右されます。しかし、決定のプロセスはあなたがコントロールできます。
結果が悪かったからといって、必ずしもあなたの選択が間違っていたわけではありません。逆に、結果が良かったからといって、あなたが正しかったわけでもないのです。この真理を腹落ちさせたとき、あなたは不必要な自責の念や、過度な慢心から解放され、より冷静に人生というゲームをプレイできるようになります。
2. 「わからない(I don’t know)」という魔法の言葉
私たちは確実性を渇望します。「絶対に成功する方法」「100%間違いない投資」を求めます。しかし、不完全な情報しか持たない現実世界において、100%の確実性など存在しません。
私が人生で大切にしている態度は、「世界を確率で捉える」ことです。
誰かと意見が対立したとき、あるいは何かを信じているとき、私は常に自分自身にこう問いかけます。「私はそれにいくら賭けられるだろうか?」
「私は絶対に正しい!」と思っていることでも、「じゃあ、それに全財産を賭けられる?」と聞かれたら、急に自信が揺らぎますよね。「いや、もしかしたら違う情報があるかもしれない」「ひょっとしたら私の見落としがあるかもしれない」と考え始めます。
この「賭けの思考」こそが、私たちを謙虚にさせ、学習能力を高めてくれます。
人生において重要なのは、白か黒か、0か100かで物事を決めつけることではありません。「私は60%くらいの確率でこうなると予測している」というように、自分の確信度に見積もりを持つことです。
そうすることで、新しい情報が入ってきたときに、「私が間違っていた」と敗北を認めるのではなく、「確率の修正を行う」という前向きな作業に切り替えることができます。「私は絶対に正しい」と思っている人は、自分の間違いを認めることがアイデンティティの崩壊につながるため、頑なに耳を塞ぎます。しかし、「今は70%くらいかな」と思っている人は、「なるほど、その情報を含めると55%くらいに下がるね」と、柔軟に真実に近づくことができます。
「私は知らないかもしれない」「私が間違っているかもしれない」という可能性を常にテーブルの上に置いておくこと。 これが、独りよがりな偏見から抜け出し、他者と協調し、真の知恵を得るための鍵です。
3. 「降りる(Quit)」という最高のスキル
私が書いた本『Quit(邦題:引き際)』でも詳しく触れましたが、人生において「やり抜く力(グリット)」は過大評価されています。一方で、「降りる力」は過小評価されすぎています。
ポーカーにおいて、プロとアマチュアの決定的な違いは何だと思いますか? それは「降りる(フォールドする)」回数です。プロは、勝てる見込みの薄いハンドが来たとき、あるいは状況が悪化したとき、驚くほどあっさりと降ります。彼らが勝つのは、勝てる確率が高い勝負のときだけ大きく賭けているからです。
人生において、私たちは「サンクコスト(埋没費用)」に縛られます。「ここまで5年も働いたのだから」「もう3年も付き合ったのだから」「このプロジェクトに1000万円も投資したのだから」。そう言って、見込みのない状況にさらに貴重な時間(チップ)とリソースを注ぎ込んでしまいます。
しかし、人生で一番大事なことは、「損切り」を恐れないことです。
過去に費やした時間や労力は、もう戻ってきません。重要なのは「今この瞬間から未来に向かって、それが最善の選択かどうか」だけです。もし、今の道があなたの価値観や目標に合わなくなっているなら、方向転換することは「逃げ」でも「失敗」でもありません。それは、より良い未来のためにリソースを温存する、極めて「戦略的な決断」です。
執着を手放すこと。うまくいかないことに固執するのではなく、より可能性の高い「次のハンド」のためにチップを残しておくこと。この潔さが、長期的な成功(人生の充実)をもたらします。
4. 未来の自分への思いやり(Empathy for Future Self)
私たちが決定を下すとき、それは現在の自分のためだけではありません。「未来の自分」に対する責任でもあります。
夜更かしをして動画を見ることは、今の自分にとっては快楽ですが、翌朝の自分にとっては苦痛の種をまいていることになります。感情に任せて誰かを怒鳴りつけることは、今のストレス発散にはなりますが、未来の人間関係を破壊する行為です。
人生で重要なのは、「未来の自分」を、まるで大切な友人のように扱うことです。
あなたが大切に思っている友人が困っていたら、あなたは助けるでしょう。友人が成功するように、環境を整えてあげるはずです。それと同じことを、未来の自分にしてあげてください。
「今の私がこれを我慢すれば、未来の私はもっと自由になれるだろうか?」
「今の私がこのスキルを学べば、未来の私はもっと多くの選択肢を持てるだろうか?」
ポーカーでは、今この瞬間の1ハンドだけで勝負が決まるわけではありません。何千、何万というハンドをプレイし続ける「ロングゲーム」です。人生も同じです。目先の小さな利益や感情の爆発のために、長期的な「期待値(Expected Value)」を犠牲にしてはいけません。
5. 自分自身を許すこと
最後に、最も伝えたいことがあります。それは、不確実な世界で生きる自分自身を許してあげてほしいということです。
私たちは、過去の失敗を振り返っては、「あの時、ああしていれば」と悔やみます。しかし、それは「後知恵バイアス(Hindsight Bias)」です。現在のあなたは結果を知っていますが、あの時のあなたは結果を知らず、その時点で持っていた情報と精神状態で、精一杯の決断をしたはずです。
たとえそれが悪い結果になったとしても、過去の自分を責めないでください。不確実性の中で完璧な判断を続けることは、誰にも不可能です。
「あの時の自分は、あれがベストだと思っていたんだ。結果はうまくいかなかったけれど、そこから学んで、次は少しだけうまくやろう」
そう自分に声をかけてあげてください。
結論:良いギャンブラーであれ
人生で一番大事なこと。それは、「結果はコントロールできないが、どう賭けるかは自分で選べる」という事実を受け入れ、その自由を行使することです。
- 結果論に振り回されず、プロセスの質を高めること。
- 「わからない」を受け入れ、世界を確率で捉える柔軟性を持つこと。
- ダメだと思ったら降りる勇気を持ち、リソースを本当に大切なもののために温存すること。
- そして、不完全な情報の中で戦い続ける自分自身に、優しさを持つこと。
人生というテーブルには、配られたカードに対する不平不満を言うプレイヤーもいれば、他人のチップを羨むプレイヤーもいます。しかし、真に賢いプレイヤーは、どんなカードが配られようと、不確実性という霧の中で、自分の価値観という羅針盤に従い、一つ一つの決断を丁寧に積み重ねていきます。
チップ(お金や地位)の量は、あくまでゲームの副産物に過ぎません。
本当の勝利とは、人生の最期に振り返ったとき、「私は、自分に配られた手札の中で、常にベストと思われる決断をしようと努めた。そして、結果がどうあれ、そのプレイの仕方に誇りを持っている」と言えることではないでしょうか。
さあ、次のハンドが配られます。
結果を恐れず、しかし慎重に、あなたらしい「良いベット」をしてください。
アニー・デューク