ハワード・シュルツとして、私の人生の旅路、スターバックスという会社を通じて学んだこと、そして私がたどり着いた「人生で最も大切なこと」について、あなたに心を込めてお話しします。
一杯のコーヒーの向こう側にあるもの:愛、人間性、そして尊厳
こんにちは。ハワード・シュルツです。
もしあなたが今、スターバックスのラテを片手にこの文章を読んでいるとしたら、あるいはどこかのカフェで一息ついているとしたら、少し周りを見渡してみてください。そこには何があるでしょうか。コーヒーの香り、エスプレッソマシンの音、そして人々の会話。私が人生をかけて追い求めてきたものは、そのカップの中にある黒い液体そのものではありません。
私が人生で最も大事だと確信していること。それは、「人間性(Humanity)」への深い敬意と、「他者と心を通わせる居場所(Third Place)」を守り抜くこと、そして何より「愛」を持って生きることです。
ビジネスの話だと思うかもしれませんね。しかし、これはビジネスの話である以前に、生き方の話なのです。なぜ私がそう断言できるのか、少し私の物語にお付き合いください。
父の背中と、失われた尊厳
私の哲学の原点は、華やかなシアトルの本社ではなく、ニューヨークのブルックリン、カナーシー地区の公営団地にあります。貧しい家庭でした。
私が7歳の時、忘れられない出来事がありました。トラック運転手として働いていた父、フレッドが仕事中に足首を骨折したのです。当時のアメリカには労働者を守る制度が不十分でした。父は労災保険も、健康保険も持っていなかった。その結果、父は解雇されました。
ギブスをしてカウチに横たわる父の姿を、私は鮮明に覚えています。肉体的な痛み以上に、父を打ちのめしていたのは「尊厳」を奪われたことへの絶望でした。自分には価値がない、社会から必要とされていないという感覚。家庭には重苦しい空気が漂い、夕食のテーブルで父と母が金のことで言い争う声を聞きながら、私は子供心に誓いました。
「もし自分が大人になって、会社を作ることがあったら、父が決して働く機会を得られなかったような会社を作ろう」と。
それは、働くすべての人をリスペクトし、彼らの尊厳を守る会社です。私がスターバックスでパートタイムを含むすべてのパートナー(従業員)に健康保険を提供し、「ビーン・ストック」という制度で全従業員に自社株を与えて株主になってもらったのは、決して計算高い経営戦略からではありません。それは、父が失った尊厳を取り戻すための、私の個人的な戦いだったのです。
人生において最も大切なことの一つは、「自分の痛みを、他者への慈愛に変えること」です。過去の苦しみは、未来の誰かを守るための原動力になり得るのです。
242回の拒絶と、情熱の炎
大人になった私がスターバックスと出会い、イタリアのミラノで「エスプレッソバー」の文化に触れた時の衝撃は、雷に打たれたようなものでした。そこには単なるコーヒーショップではなく、コミュニティがあり、人と人とのつながりがありました。私はこれをアメリカに持ち帰りたいと熱望しました。
しかし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。スターバックスを買収し、私のビジョンを実現するための資金集めに奔走した時、私は242回もの投資家たちから「No」を突きつけられました。「アメリカ人が3ドルも払ってコーヒーを飲むわけがない」「君のアイデアは狂っている」と。
それでも私が諦めなかったのは、「自分自身を信じ抜く情熱」があったからです。人生では、誰もあなたの夢を信じてくれない時期が必ず訪れます。親しい友人でさえ、疑いの目を向けるかもしれません。そんな時、心の奥底にある小さな炎を絶やさないこと。その炎こそが、暗闇を照らす唯一の光なのです。
逆境こそが、人を強くします。成功は直線的なものではありません。失敗や拒絶は、成功への道の一部であり、それを乗り越えた時に初めて、私たちは真の強さを手に入れるのです。
成功とは、分かち合うこと
スターバックスが成長し、世界的な企業になった時、私はある真実に気づきました。
「成功は、分かち合ってこそ意味がある」ということです。
ビジネスの世界では、利益こそが唯一の目的であるかのように語られがちです。しかし、私はそうは思いません。利益は、私たちが目指す人間中心の企業を作るための手段に過ぎないのです。
「私たちはコーヒービジネスを通じて人々に奉仕しているのではない。人間ビジネスを通じてコーヒーを提供しているのだ」
この言葉は、私の信念そのものです。お客様の名前をカップに書き、目を合わせて微笑むこと。それは小さな行為ですが、そこには「私はあなたを認識しています、あなたを大切に思っています」というメッセージが込められています。デジタル化が進み、孤独が蔓延する現代社会において、このアナログな人間同士の触れ合いほど貴重なものはありません。
あなたが人生で何を成し遂げようとも、それを自分だけのものにしてはいけません。あなたの成功を使って、周りの人々を引き上げてください。富や名声を得ることよりも、誰かの人生にポジティブな影響を与えることの方が、はるかに深い満足感を得られるはずです。
魂を失いかけた時、そして再生(Onward)
私は一度CEOを退きましたが、2008年の金融危機の際、スターバックスが危機に瀕しているのを見て復帰しました。その時、会社はただの巨大なチェーン店になり下がり、魂を失いかけていました。成長を追い求めるあまり、最も大切な「一杯のコーヒーへの情熱」と「パートナーへの愛」を置き去りにしていたのです。
私は決断しました。全米の店舗を一斉に閉め、バリスタの再教育を行うという、前代未聞の行動に出ました。株価は下がり、批判も浴びましたが、私には分かっていました。
「本質を見失ってまで得られる成功に価値はない」と。
間違いを認める勇気を持つこと。そして、原点に立ち返る謙虚さを持つこと。これもまた、人生において極めて重要な教訓です。人は誰でも道に迷います。しかし、自分の羅針盤(良心と価値観)さえ持っていれば、いつでも正しい道に戻ることができるのです。
愛こそがリーダーシップの源泉
これからの時代、リーダーシップに求められるのは「脆弱性(Vulnerability)」と「愛」です。
強いリーダーとは、完璧な人間ではありません。自分の弱さを認め、他者の痛みに共感できる人間です。
私は社員の前で涙を流すことを恥じだとは思いません。私たちはロボットではなく、感情を持った人間だからです。愛を持って人と接し、信頼関係を築くこと。これこそが、あらゆる組織、あらゆる人間関係における最強の通貨(Currency)です。
人生で一番大事なこと。
それは、人生の終わりに振り返った時、どれだけの富を築いたかではありません。どれだけ高い地位に就いたかでもありません。
それは、「どれだけ多くの人々の心を温め、どれだけ多くの人々の尊厳を守り、どれだけ多くの人々と愛を分かち合えたか」です。
あなたの夢が何であれ、それは大きく、大胆なものであってほしい。
しかし、その夢を追いかける過程で、決して人間性を犠牲にしないでください。
誰かの期待に応えるためではなく、あなたの心が震えることに情熱を注いでください。
そして、つまづいた時は、私の父の背中を思い出してください。あなたには、誰かの尊厳を守る力がある。誰かの「サードプレイス(心の居場所)」になる力があるのです。
私の物語は、ブルックリンの貧しい少年が夢見た物語ですが、それは特別な才能があったからではありません。諦めず、人を信じ、愛を持って前進し続けた(Onward)からです。
さあ、あなたの番です。
あなたのカップには、どんな物語を注ぎますか?
情熱を持って、心から(Pour Your Heart Into It)、あなたの人生を生きてください。
心からの敬意と愛を込めて。
ハワード・シュルツ