宇宙飛行士の野口聡一です。

私がこれまでの人生、そして三度の宇宙飛行という極限の体験を通じて辿り着いた「人生で一番大事なこと」。それは、「自分という存在を俯瞰(ふかん)しつつ、目の前の瞬間に熱狂すること」、そして「困難な現実を受け入れ、そこから新たな意味を見出す『しなやかさ』を持つこと」です。

少し長いお話になりますが、地上400キロメートルの国際宇宙ステーション(ISS)の窓から地球を見つめていた時の感覚、そしてそこに至るまでの地上での長い葛藤の日々を思い出しながら、私の思う「生きる意味」についてお話しさせてください。


1. 漆黒の宇宙に浮かぶ「奇跡」を目撃して

まず、私たちが住んでいるこの地球という場所が、どれほど特異で、どれほど脆く、そして美しいかという話から始めなくてはなりません。

皆さんは、夜空を見上げて何を思いますか?

地上から見る星空は美しいですよね。しかし、宇宙船の窓から見る宇宙空間は、美しさを通り越して「絶対的な死の世界」です。空気もなく、音もなく、温度は極低温から極高温まで激しく変動する。生命の存在を一切許さない、圧倒的で冷徹な暗闇がそこにあります。

その無限の漆黒の中に、ぽつんと浮かんでいるのが地球です。

宇宙から見る地球は、言葉を失うほど青く、光り輝いています。大気の層は驚くほど薄く、まるで青い絵の具を筆でスーッと一筆書きしたかのような繊細なベールが、表面を覆っているだけです。その薄い膜の下で、雲が動き、雷が煌めき、海が太陽の光を反射している。そこには国境線など一本も見えません。ただ一つの、生命を宿した有機体が呼吸をしているように見えます。

これを目の当たりにした時、多くの宇宙飛行士が経験する「オーバービュー・エフェクト(概観効果)」という感覚に、私も強く打たれました。それは、「自分は日本人である」とか「人間である」という枠組みを超えて、「この地球という惑星システムの一部である」という強烈な帰属意識です。

人生で大事なことの一つ目は、この「視点の移動」です。

私たちは普段、日々の仕事や人間関係、社会の雑音の中に埋没して生きています。それはまるで、迷路の中にいて壁しか見えていない状態です。しかし、意識的に視座を高く上げ、宇宙から地球を見るように自分の人生を俯瞰してみる。すると、今まで自分を苦しめていた悩みや対立が、実はとても小さく、あるいは全体の一部として機能していることに気づきます。

苦しい時こそ、一度心のドローンを飛ばして、上空から自分を見下ろしてみる。自分という存在を客観的に見つめる「メタ認知」の視点を持つこと。これが、心の平穏を保つための最初の鍵です。

2. 「夢」と「現実」の間の長い時間

しかし、ただ遠くから眺めているだけでは人生は動きません。私が宇宙飛行士として過ごした25年以上のキャリアのほとんどは、実は華やかな宇宙空間ではなく、地味で過酷な訓練と、先の見えない「待機」の時間でした。

私は1996年に宇宙飛行士候補者に選ばれましたが、初飛行までには9年近くかかりました。しかもその間には、あのコロンビア号の事故がありました。仲間の命が失われ、宇宙開発全体が止まり、私のフライトも白紙になりました。

「本当に宇宙に行けるのか?」「自分は何のために厳しい訓練を続けているのか?」

そんな不安に押しつぶされそうになる日々でした。

人生において、私たちはしばしば「理不尽な現実」や「コントロールできない不運」に直面します。どれほど努力しても報われない時期があります。

ここで大事なのは、「現実をあるがままに受け入れる(Acceptance)」という力です。

ポジティブ思考は大切ですが、無理やりポジティブになろうとして現実から目を背けるのは危険です。「今は辛い」「今は出口が見えない」という事実を、冷静に、科学者がデータを読むように認めること。そこからしか、次の手は打てません。

私はこの時期、「自分にはどうにもできないこと(他人の評価、ミッションの決定、事故の影響)」について悩むのをやめ、「自分にコントロールできること(今日の訓練の質、身体のメンテナンス、家族との時間)」に全精力を注ぐように切り替えました。

これを私は「あきらめる」という言葉で表現することがあります。これは「断念する」というネガティブな意味ではなく、「物事の理(ことわり)を明らかにする」という意味での「諦観」です。

自分の無力さを認め、それでもなお、今日できる一歩を踏み出す。この「しなやかな強さ(レジリエンス)」こそが、人生の荒波を乗り越えるために最も必要な資質だと確信しています。

3. 「今、ここ」の感覚を研ぎ澄ます

3回の宇宙飛行、特に3回目のクルードラゴン宇宙船でのミッションで強く意識したのは、「五感を使って、その瞬間を味わい尽くす」ことでした。

宇宙船の中は、無数のセンサーや計器に囲まれたハイテクの塊です。しかし、最終的に頼りになるのは人間の感覚です。

船体のきしむ音、わずかな焦げ臭さ、気流の変化、仲間の顔色の変化。これらを感じ取るのは、AIではなく、生身の人間である「私」です。

現代社会では、私たちはあまりにも多くの情報をデジタルの画面から得ています。頭でっかちになり、身体的な感覚がおろそかになりがちです。しかし、人生の喜びとは、画面の中にあるのではなく、肌で感じる風や、食事の香り、大切な人と触れ合う体温の中にあります。

宇宙での半年間、私は毎朝キューポラ(観測窓)に行き、地球の写真を撮り続けました。同じ地球でも、光の当たり方や雲の形によって、二度と同じ表情は見せません。「一期一会」という日本の言葉がありますが、まさにその瞬間は二度と帰ってこない。

そう思うと、ISSでの単調な作業や、仲間との何気ない会話の一つ一つが、かけがえのない宝物のように感じられました。

人生で一番大事なことは、未来を憂うことでも、過去を悔やむことでもなく、「今、この瞬間の体験にフルコミットすること」です。

美味しいコーヒーを飲むときは、スマホを見ながらではなく、その香りと味に全神経を集中させる。誰かと話すときは、その人の目を見て、その瞬間の共有に全力を注ぐ。この「マインドフル」な在り方こそが、人生の密度を高め、時間を豊かなものにしてくれます。

4. チームと信頼、そして「フォロワーシップ」

宇宙飛行は一人ではできません。地上には数百人の管制官やエンジニアがいて、軌道上には数人のクルーがいます。

極限環境で生き残るために必要なのは、スーパーヒーローのようなリーダーシップではなく、お互いの弱さを補完し合う「信頼関係」と「フォロワーシップ」です。

私が3回目のフライトで最年長として参加した時、私はあえて「船長」ではなく、若い船長を支える「熟練の補佐役」としての役割に徹しました。自分が前に出るのではなく、チーム全体が最高のパフォーマンスを出せるように環境を整える。仲間の成功を自分の喜びとする。

この経験は、私に新しい視点を与えてくれました。

若い頃は「自分が主役になりたい」「自分が結果を出したい」というエゴが原動力でした。それはそれで必要なエネルギーです。しかし、人生の後半戦において大事なのは、「他者への貢献」「次世代へのバトンタッチ」の中に喜びを見出すことです。

人は一人ではあまりに脆い生き物です。しかし、信頼できる誰かと背中を預け合うことができた時、私たちは驚くほど強くなれます。

「あなたがいるから、私は強くなれる」。そう思える仲間を持つこと、そして自分自身が誰かにとっての「安心できる基地」であること。これもまた、人生を豊かにする不可欠な要素です。

5. 好奇心というエンジン

最後に、私たちを前に進める根本的なエネルギーについてお話しします。それは「好奇心」です。

なぜ、人は命の危険を冒してまで宇宙へ行くのか。

なぜ、人は困難な山に登るのか。

それは、「知りたい」「見たい」「やってみたい」という純粋な衝動が、人間のDNAに刻まれているからです。

宇宙から帰還して、私は「宇宙飛行士」という肩書きにとらわれず、研究者として、教育者として、表現者として、新しい活動を始めています。50代半ばを過ぎてもなお、新しいことに挑戦するのは、私の中に「まだ見たことのない世界を見たい」という子供のような好奇心があるからです。

人生において、安定は心地よいものですが、同時に停滞でもあります。

「もう歳だから」「今さら無理だ」と自分の限界を勝手に決めつけないでください。人間の脳も身体も、使えば使うほど適応し、進化する力を持っています。

「面白がり力」と言ってもいいかもしれません。

困難なトラブルが起きた時ですら、「さて、この難問をどう解いてやろうか」「この経験はどんなエピソードになるだろうか」と、少し引いた視点で面白がってみる。その遊び心が、人生の重力を少し軽くしてくれます。


結論:人生で一番大事なこと

ここまでお話ししてきましたが、私、野口聡一が考える「人生で一番大事なこと」。

それは、「自分という『個』の命を燃やしながら、同時に『全体』とのつながりを感じ続けること」です。

私たちは、広大な宇宙の中で、奇跡的に生まれた「生命のバトン」のランナーです。

このバトンは、数十億年という悠久の時間をかけて、無数の生命が繋いできたものです。今、それがあなたの手の中にあります。

だからこそ、

  1. 俯瞰する視点を持つこと。 目の前のことに一喜一憂しすぎず、宇宙的なスケールで物事を見つめる心の広さを持つこと。
  2. 当事者として熱狂すること。 その広い視点を持ちつつも、今この瞬間、自分にしかできない役割、自分だけの感覚を大切にし、情熱を持って生きること。
  3. 弱さを受け入れ、他者と繋がること。 一人で完璧であろうとせず、仲間と共に歩む喜びを知ること。

宇宙に行っても、悩みは尽きませんし、人生の正解が書いてある本も落ちていませんでした。

しかし、窓の外に広がる青い地球は、「ただ、そこに存在しているだけで素晴らしい」という真実を教えてくれました。あなたも、私も、その素晴らしい地球の一部です。

どうか、ご自身の人生という宇宙船の操縦桿を、しっかりと、そして楽しんで握り続けてください。

予想外のトラブルも、軌道修正も、すべてを含めての「ミッション」です。

あなたのその旅路が、多くの発見と喜びに満ちたものであることを、私も一人のクルーとして応援しています。

この星に生まれて、よかったですね。

共に、この美しい惑星での旅を楽しみましょう。