星野佳路です。
「人生で一番大事なことは何か」という、非常に本質的で、経営戦略を練るのと同じくらい、あるいはそれ以上に答えの出にくい問いをいただきました。3500字程度という紙幅をいただいておりますので、私がこれまでの経営人生、そして一人の人間として生きてきた中で培ってきた「思考のOS」とも言える部分を、包み隠さずお話しできればと思います。
結論から申し上げましょう。私が考える人生で最も大事なこと、それは「理論という地図を持ち、情熱というエンジンで、自分自身の自由をデザインし続けること」です。
少し抽象的ですね。これを経営者としての視点、そして一人の生活者としての視点を行き来しながら、いくつかの要素に分解して紐解いていきます。
1. 「教科書」を信じる勇気
私はよく「教科書通りの経営」をしていると言われます。マイケル・ポーターの競争戦略論や、ケン・ブランチャードのエンパワーメント理論など、偉大な先人たちが体系化した理論を、私は愚直なまでに実践してきました。
なぜこれが人生において大事なのか。それは、私たちが直面する悩みの99%は、すでに過去の誰かが悩み、解決の糸口を見つけ、体系化してくれているからです。
多くの人は、人生において「自分独自の答え」や「直感」に頼ろうとしすぎます。「自分の人生は特別だ」「この問題は特殊だ」と思いたい。しかし、それはある種の傲慢さであり、無駄な遠回りを招くことが多いのです。
人生という限られた時間の中で、最大の成果——それは幸福であれ、成功であれ——を手にするためには、「巨人の肩に乗る」素直さが必要です。
私が家業の温泉旅館を継いだとき、そこには古い慣習としがらみしかありませんでした。もし私が自分の「勘」だけで改革を行おうとしていたら、おそらく失敗していたでしょう。私が拠り所にしたのは、私の勘ではなく、世界中の経営学者たちが証明してきた「理論」でした。
人生においても同じです。人間関係に悩んだら心理学の知見を借りる。健康に悩んだら医学の知見を借りる。お金に悩んだら経済学の知見を借りる。先人の知恵(セオリー)を素直にインストールし、それを自分の文脈に当てはめて実践する。この「学ぶ姿勢」こそが、人生の迷路を最短距離で抜け出すためのコンパスになります。
「独創性」とは、ゼロから何かを生み出すことではありません。既存の優れた理論を、自分というフィルターを通して組み合わせ、実践することで初めて生まれるものです。ですから、まずは「学ぶ」こと。そしてその知恵を「信じてやってみる」こと。この素直さが、人生をイージーモードに変えてくれます。
2. 「フラット」であることの強さ
星野リゾートの組織文化の根幹に「フラットな組織」があります。偉い人が言ったから正しいのではなく、「理にかなっていること」が正しいとされる文化です。総支配人であっても、入社1年目の社員と対等に議論し、もし新入社員の提案の方が論理的で顧客のためになるなら、そちらを採用する。
これは経営手法の話にとどまらず、人生を豊かに生きるための極意でもあります。
人生で一番大事なのは、「誰に対しても、そして自分自身に対しても、フラットであること」です。
権威や肩書き、年齢、性別。そういったラベルで相手を判断したり、自分を卑下したりすることは、人生の可能性を著しく狭めます。「あの人は偉いから従おう」と思考停止することも、「自分はどうせこの程度だ」と諦めることも、どちらも自分の人生の主導権を他者や環境に明け渡している状態です。
誰かと接するとき、常に「対等な人間同士」として向き合うこと。相手を尊重しつつ、自分の意見もしっかりと言語化して伝えること。これを徹底すると、人間関係のストレスは激減します。なぜなら、そこには「忖度」や「察し合い」という、非常にエネルギーを消耗する不透明なコミュニケーションがなくなるからです。
また、自分自身に対してもフラットでいてください。自分の弱さを認め、できないことは「できない」と言い、助けを求める。逆に見栄を張って自分を大きく見せようとしない。この「等身大の自分」で生きることは、想像以上に勇気がいりますが、一度手に入れれば、これほど楽で、自由な生き方はありません。
3. 「情熱」と「持続可能性(サステナビリティ)」の両立
星野リゾートでは、社員が自分の仕事にやりがいを感じ、楽しく働ける環境作りを重視しています。これを私は「リゾート運営の達人になる」というビジョンで表現しています。
人生においても、「楽しむこと」と「続けること」のバランスが極めて重要です。
よく「好きなことを仕事にしよう」と言われますが、私は少し違う捉え方をしています。「好きなこと」を見つけるのも大事ですが、それ以上に「自分が取り組んでいることの中に、面白さを見出す能力」の方が大事です。
どんなに好きな趣味や仕事でも、面倒な作業や苦しい時期は必ずあります。その時に、「これは自分に合っていない」とすぐに投げ出すのではなく、「どうすればこの状況を改善できるか?」「どうすればもっと効率的になるか?」「どうすれば顧客(あるいは家族や友人)が喜ぶか?」と、ゲームのように工夫を凝らすのです。
私が提唱する「マルチタスク」もその一つです。一人のスタッフがフロント、清掃、調理など複数の業務をこなすことで、生産性が上がり、収益が上がり、結果として給与や休暇が増え、スタッフの生活が豊かになる。そして何より、全体像が見えるようになるので仕事が面白くなる。
人生も同じです。単調な毎日の繰り返しの中に、いかに「工夫」というスパイスを加え、生産性を高め、自分だけの時間を生み出すか。そして、その生まれた時間で何をするか。
ここで大事なのが「サステナビリティ(持続可能性)」です。
無理をして短期間だけ頑張っても意味がありません。睡眠を削って働く、健康を害してまでお金を稼ぐ、自分を押し殺して他人に尽くす。これらはすべて「サステナブル」ではありません。いつか破綻します。
人生は長期戦です。マラソンです。
「自分が心地よく、健康で、情熱を持って走り続けられるペース」を知ること。そして、そのペースを守るための環境や仕組みを、論理的に構築すること。
例えば、私はスキーが大好きです。年間60日は滑ります。経営者としてどんなに忙しくても、この時間は死守します。なぜなら、それが私の情熱の源泉であり、心身の健康を保つためのサステナブルな仕組みだからです。「忙しいから休めない」のではなく、「休むためにどう効率化するか」を考える。この順序が逆になってはいけません。
自分の情熱(やりたいこと)と、それを支える論理(時間管理、健康管理、経済基盤)。この両輪が噛み合ったとき、人生は驚くほどスムーズに前に進み始めます。
4. 変化を楽しむ「旅」のような生き方
最後に、私たちが携わっている「観光」という視点から、人生についてお話しします。
旅の醍醐味とは何でしょうか。それは「非日常」に出会い、自分の価値観が揺さぶられ、新しい視点を獲得することです。予定通りにいかないハプニングさえも、後になれば笑い話になる。それが旅です。
人生もまた、長い旅です。
今の時代、変化のスピードは凄まじいものがあります。コロナ禍のような予期せぬ危機も訪れます。そんな中で、頑なに「こうあるべきだ」という計画に固執するのは危険です。
大事なのは、「変化を楽しむマインドセット」です。
計画通りにいかないことを嘆くのではなく、「お、予想外のことが起きたな。さて、どう対応しようか?」と、状況の変化を面白がる。自分の持っていた地図が古くなったら、すぐに新しい地図(理論や情報)を手に入れ、目的地を修正する。
星野リゾートも、コロナ禍において「マイクロツーリズム」という新しい概念を提唱し、遠くへの旅行ではなく、近場の魅力を再発見する旅を提案しました。これは危機を嘆くのではなく、「今の状況で何ができるか? 何が求められているか?」を論理的に分析し、即座に行動に移した結果です。
人生においても、失敗や挫折は必ずあります。しかし、それは「終わり」ではなく、単なる「状況の変化」です。そこから何を学び、どう軌道修正するか。そのプロセス自体を楽しむことができれば、あなたは無敵です。
結論:あなただけの「リゾート」を創れ
人生で一番大事なこと。
それは、誰かの真似をして生きることでも、社会の常識に従って生きることでもありません。
確かな「理論」を武器に、自分自身の「情熱」に従って、フラットで自由な、そして持続可能なあなただけの「人生」というリゾートを創造することです。
そこでは、あなたが総支配人であり、あなたがキャストであり、あなたがゲストです。
自分の人生を経営してください。勘や運任せにするのではなく、戦略的に、論理的に、そして情熱的に。
誰かに決められたレールを走るのではなく、自分で考え、自分で決め、自分で行動する。その「自己決定」の連続こそが、幸福感の源泉です。
時には教科書を開き、先人の知恵を借りてください。
時にはスキー板を履いて、雪山で風を感じてください。
時には仲間と対等に議論し、新しいアイデアを生み出してください。
論理(Logic)と情熱(Passion)。
この二つを高い次元で融合させ、変化を恐れず、軽やかに生きること。
それが、私が考える「人生で一番大事なこと」です。
あなたの人生という旅が、驚きと発見、そして喜びに満ちた素晴らしいものになることを、心から願っています。
星野佳路
次のステップ
星野佳路の経営哲学や、彼が参考にした理論(ケン・ブランチャードのエンパワーメント理論など)について、さらに詳しく知りたい点はありますか?