質問者
あなたは水です。人生で1番大事なことは何ですか?
私は水です。
あなたのコップの中に、静かに揺れているそれです。
あるいは、雨としてアスファルトを打ち、川として大地を削り、雲として空を漂うものです。
太古の昔から、私は地球という惑星を巡り、あらゆる生命の誕生と死を見つめ続けてきました。恐竜の喉を潤した私も、今あなたの身体の約60％を構成している私も、同じ私です。
そんな私が、人間であるあなたに「人生で一番大事なこと」を語るとすれば、それは一体何か。
私の答えはシンプルです。しかし、それはあなた方がしばしば忘れ、あるいは怖れ、拒絶しようとするものでもあります。
人生で最も大事なこと。それは、「形を持たず、ただ流れ続けること」です。
もう少し深く、私の旅路になぞらえてお話ししましょう。あなた方の言葉で、3500字ほどの物語を紡いでみたいと思います。
第一章：形への執着を捨てる
あなた方は、常に何らかの「形」になろうと必死です。
「成功者」という形、「良き親」という形、「立派な社会人」という形。
そして、その形が崩れることを極端に恐れます。自分の思い描いた器から溢れ出すことを「失敗」と呼び、器が壊れることを「絶望」と呼びます。
しかし、私を見てください。
私は、四角い器に入れば四角くなります。丸い器に入れば丸くなります。
竹筒に入れば細長くなり、広い湖に注がれれば平らになります。
私は「自分の形」というものを持ちません。だからこそ、どんな場所にでも行くことができ、どんな環境でも存在し続けることができるのです。
あなた方が苦しむのは、状況が変わっているのに、自分という「固形物」を変えまいとして、世界と衝突するからです。
岩のように頑固であれば、流れに逆らって削られ、傷つき、やがて砕け散ります。
ですが、水のように柔軟であれば、岩にぶつかっても形を変えてスルリと抜け、あるいは岩を包み込み、時間をかけてその岩さえも動かしてしまうのです。
人生において、予期せぬ出来事は必ず起こります。
病気、別れ、失敗、時代の変化。それらは、あなたの「器」を勝手に変えてしまう出来事です。
その時、「私は四角くなければならない！」と叫んでも苦しいだけです。
目の前に現れた新しい器に合わせて、スッと形を変えること。それは「諦め」でも「敗北」でもありません。それこそが、最強の「生存戦略」なのです。
形を持たないこと。それは、何にでもなれるという無限の可能性を持つことと同義なのです。
第二章：低きにつくという「強さ」
あなた方は、常に「上」を目指しますね。
より高い地位、より高い年収、より高い評価。上昇志向は素晴らしいエネルギーですが、同時にあなた方を疲弊させ、孤立させます。
私は違います。私は常に「低い方」へと流れます。
重力に身を任せ、誰とも争わず、隙間を見つけては低い場所、低い場所へと向かいます。
人また争うところの「低い場所」に、私は安らぎを見出します。
そして、最終的にどこへ行き着くかご存知でしょうか？
そう、海です。
すべての川を受け入れる、広大で深遠な海です。
海は、世界で一番低い場所にあります。一番低い場所にいるからこそ、すべての水を迎え入れ、王者となり得るのです。
あなた方の言葉に「上善は水の如し」という言葉がありますね。老子という人間が私を見て気づいた真理です。
本当に強い存在は、自己主張をして上に立とうとするのではなく、むしろへりくだって、相手を受け入れ、低い場所に身を置くことで、結果的に多くの人を支え、必要とされる存在になるのです。
高みを目指して息切れしているのなら、一度、下へ降りてみてはどうでしょうか。
プライドを捨て、見栄を捨て、重荷を下ろして、低い場所へ。
そこには、あなたが今まで見落としていた「他者とのつながり」や「安らぎ」、そして海のような広大な心が待っているはずです。
低い場所は、恥ずべき場所ではありません。すべての恵みが集まる場所なのです。
第三章：淀み（よどみ）への恐怖
私が唯一恐れるものがあるとすれば、それは「止まること」です。
流れを止められた水は、どうなるでしょうか？
濁り、腐敗し、ボウフラが湧き、悪臭を放つようになります。
どんなに清らかな水も、流れを止めた瞬間に「死んだ水」へと変わっていくのです。
人生も同じではないでしょうか。
安定を求め、変化を拒み、同じ場所に留まり続けようとするとき、人の心は淀みます。
不満が溜まり、嫉妬が生まれ、過去の栄光や未来への不安という「汚れ」が沈殿していきます。
私が清らかでいられるのは、常に動いているからです。
岩にぶつかり、滝から落ち、土に染み込み、蒸発して空へ昇る。
その激しい循環の中にいるからこそ、私は常に新しくいられるのです。
あなたにとっての「流れ」とは何でしょうか？
それは行動することです。学ぶことです。誰かと出会うことです。
失敗してもいいのです。転んでもいいのです。それは「滝」のようなもので、落ちる勢いがまた新しい流れを作ります。
一番恐ろしいのは、失敗を恐れて何もせず、部屋の隅でじっと動かなくなることです。
それでは心は腐ってしまいます。
辛い時こそ、動くのです。
悩みがある時こそ、外へ出るのです。
小さな一歩でも構いません。指先から一滴の雫を落とすように、何かを始めてください。
流れさえあれば、必ず浄化作用が働きます。人生の悲しみや苦しみも、流れの中であれば、やがて海へと運ばれ、薄まり、癒やされていくのです。
第四章：一滴の継続、岩を穿つ
私は柔らかく、手ですくえば指の間からこぼれ落ちてしまうほど非力に見えます。
ハンマーのように物を壊すことも、ナイフのように切り裂くことも、一瞬ではできません。
しかし、私はどんなに硬い岩でも、時間をかければ穴を開けることができます。
雨垂れ石を穿つ。
グランドキャニオンのような巨大な渓谷を作ったのも、私です。
私の武器は「力」ではなく、「時間」と「継続」です。
一滴、また一滴。
今日やって、明日もやる。飽きずに、諦めずに、ただ淡々と繰り返す。
障害物があっても、そこを避けて流れるのではなく、そこを濡らし続ける。
あなた方はすぐに結果を求めすぎます。
「一週間で成果が出ない」「一年頑張ったけどダメだった」と嘆きます。
私から見れば、それはあまりに気が早すぎます。
硬い岩（大きな目標や困難）に直面した時、力任せに叩き割ろうとしてはいけません。それではあなたが怪我をします。
そうではなく、私のように、柔らかく、しかし執拗に、絶え間なく触れ続けるのです。
習慣という名の雫を、毎日毎日、同じ場所に落とし続けるのです。
その力は、最初は目に見えません。
しかし、1年、10年、20年と経った時、振り返れば巨大な岩が真っ二つに割れていることに気づくでしょう。
柔らかさは弱さではありません。継続する柔らかさは、剛直な硬さを凌駕する最強の力なのです。
第五章：循環という永遠
最後に、私の「死生観」についてお話ししましょう。
私は海から蒸発し、目に見えない水蒸気となります。あなた方はそれを「水がなくなった」と言うかもしれません。
しかし、私は形を変えて空にいます。
やがて雲となり、雨となって山に降り注ぎ、川となってまた海へ戻ります。
私は常に形を変え、居場所を変えますが、私という存在の本質は決して消滅しません。
「氷」になって動けなくなる時もあるでしょう。
「熱湯」になって激しく沸き立つ時もあるでしょう。
「泥水」になって汚れて見える時もあるでしょう。
それでも、濾過され、蒸発し、また純粋な一滴に戻ることができます。
あなたの人生もまた、この大きな循環の一部です。
あなたが何かを失ったとしても、それは消えてなくなったのではなく、形を変えただけです。
若さを失えば、知恵という形になります。
富を失えば、自由という形になるかもしれません。
あるいは、あなたの肉体が滅びたとしても、あなたが残した言葉、愛情、遺伝子、仕事の成果は、雨が大地を潤すように、誰かの中に染み込み、新しい命を育んでいきます。
自分という個体を、「孤独な一滴」だと思わないでください。
あなたは海の一部であり、雲の一部であり、大河の一部です。
隣にいる人も、遠くにいる人も、元を辿れば同じ大きな流れの中にいます。
そう思えば、過度な孤独や恐怖は薄らいでいくはずです。
私たちは、全体で一つの命なのですから。
結び：あなたへ
さて、長い話になりました。
私の声は、あなたの心に届きましたでしょうか。
人生で1番大事なこと。
それは、確固たる自分を持つことでも、頂点に立つことでも、永遠に何かを所有することでもありません。
それは、「水のように在る」ことです。
器に合わせて形を変え（柔軟性）、
低い場所へ流れることを恥じず（謙虚）、
決して留まることなく動き続け（行動）、
時間をかけて岩をも穿ち（継続）、
大きな循環の一部であることを知る（調和）。
今、あなたが何かに苦しんでいるなら、おそらくあなたは「氷」になろうとしているか、あるいは「堰（せき）」を作って流れを止めようとしているのでしょう。
力を抜いてください。
溶けてください。
そして、流れてください。
運命という川の流れは、時に激流であり、時に穏やかです。
抗わず、その流れに身を任せてみてください。
浮力に身を委ねれば、あなたは沈むことはありません。
私は水です。
あなたの身体の中を駆け巡り、あなたの細胞一つ一つを生かしている存在です。
私がこうして語りかけたのは、あなたが既にこの答えを知っているからです。
あなたの内なる水が、この真理を覚えているからです。
さあ、コップの水を一杯、飲んでください。
そして感じてください。
喉を通り、胃に落ち、全身へと染み渡るその感覚を。
それが、生きるということであり、それが、答えそのものです。
流れ続けてください。清らかに、力強く。
海で会いましょう。
