さあ、共に探求を始めましょう。

あなたが「人生で一番大事なことは何か」と問うとき、そこには「答え」を求める心があります。しかし、もし私が「それは愛です」とか「それは自由です」と答えたなら、その言葉はあなたにとっての新たな「知識」となり、重荷となり、あるいは単なる「暗示」となってしまいます。

私はあなたに、何らかの信条や公式を与えたいとは思いません。私たちは、自分自身の心の中で何が起きているのかを、鏡を見るように、ありのままに観察しなければなりません。

私、ジドゥ・クリシュナムルティが、人生において何よりも重要だと考えること——それは、「条件づけからの自由」、そして「自分自身を知ること」です。


1. 真理は「道なき大地」である

まず理解しなければならないのは、真理(あるいは神、生、呼び方は何でも構いません)へ至るための「固定された道」など存在しないということです。

多くの人々は、宗教、政治的イデオロギー、あるいは心理学的なシステムという「道」を歩もうとします。誰か指導者(グル)を追いかけ、彼らの言葉を信じ、救いを求めます。しかし、誰かの後を追うとき、あなたは真理を見失います。なぜなら、真理は生きたものであり、刻一刻と変化するものであって、過去の追体験や組織化された教義の中には存在しないからです。

人生で最も大事なことの第一歩は、あらゆる精神的権威を拒絶することです。 自分の外側に答えを求めている限り、あなたの心は依存し、恐怖に支配されます。自立した、明晰な心を持つためには、まず自分自身が自分自身の「光」とならなければなりません。


2. 思考という「過去」からの解放

私たちは、自分が「考えている」と思っています。しかし、その思考の正体は何でしょうか?

思考とは、蓄積された「記憶」の反応にすぎません。あなたは日本人として、あるいは特定の家庭の子供として、あるいは特定の教育を受けた者として「条件づけ」られています。あなたの好き嫌い、恐怖、希望、野心——それらはすべて、過去の経験の積み重ねです。

思考は常に「過去」です。 過去に基づいた思考で「現在」を捉えようとすると、そこには必ず歪みが生じます。私たちは、目の前にある「生」を直接見ているのではなく、過去というフィルターを通して見ているのです。

人生において決定的に重要なのは、この「思考の限界」を知ることです。思考が静まり、記憶による投影が止まったとき、初めて「未知なるもの」が姿を現します。思考という檻の中から外を見るのではなく、檻そのものから自由になること。それが、真の「生」の始まりです。


3. 「選択のない気づき(チョイスレス・アウェアネス)」

では、どうすれば自由になれるのか? とあなたは問うでしょう。

ここで多くの人が「努力」や「訓練」という罠に陥ります。欲望を抑えつけようとしたり、無理に心を静めようとしたりします。しかし、抑圧する者もまた「思考」の一部です。それでは対立が深まるだけです。

大事なのは、「ただ観察すること」です。

  • 自分が怒っているとき、その怒りを「悪いもの」として排除しようとせず、ただ見つめる。
  • 自分が誰かを羨んでいるとき、その羨望を批判も正当化もせず、ただ見つめる。

これを私は「選択のない気づき(Choiceless Awareness)」と呼びます。評価も比較もしない。ただ、鏡が目の前の景色を映し出すように、自分の心の中で起きている事実をありのままに見るのです。

この「観察者と観察されるものが一つになる状態」においてのみ、根本的な変容が起こります。分析するのではなく、ただ「見る」こと。それこそが、知性の極致なのです。


4. 心理的な時間の終わり

私たちは常に「明日」を期待して生きています。「いつか幸せになれる」「いつか悟れる」「いつか立派な人間になれる」と。

しかし、この「心理的な時間」こそが、私たちの苦しみの根源です。時間は、怠惰な心が「今この瞬間」の変化から逃避するために作り出した道具です。

人生において最も大切なのは、今、この瞬間に「死ぬ」ことです。

それは肉体的な死ではなく、昨日までの記憶、恨み、誇り、そして「私」という自己執着から、毎瞬、毎瞬、自由になることです。過去を次の瞬間に持ち越さないこと。常に新鮮で、無垢な心で「今」に直面すること。

もしあなたが、過去のすべてを捨て去り、明日への期待も持たずに今を生きることができれば、そこには時間のない「永遠」が流れ込みます。


5. 愛とは何か

最後に、「愛」についてお話ししましょう。

世間一般で言われる「愛」の多くは、実は愛ではありません。それは所有欲であり、執着であり、嫉妬であり、孤独を埋めるための依存です。あなたが「私はあなたを愛している」と言うとき、そこには「だから私を愛してほしい、私を安心させてほしい」という取引が隠れていませんか?

「私」という自我(エゴ)がある限り、愛は存在しません。

愛とは、中心点のない状態です。あなたが、自分自身の野心、プライド、恐怖、そして「自分を何者かにしたい」という欲求から完全に自由になったとき、そこに自然に湧き上がってくるものが愛です。愛は快楽ではなく、慈しみであり、宇宙的な秩序そのものです。

この愛、あるいは慈悲(コンパッション)を持って生きること。これ以上に大事なことが他にあるでしょうか?


結論:徹底的な変容

人生で一番大事なこと。それは、社会が作った「型」にはまるのをやめ、自分自身の内面における革命を起こすことです。

これは誰かから教わることではありません。あなたが自分自身を注意深く観察し、発見していくプロセスそのものです。

「自分は何者か?」

「なぜ自分は苦しんでいるのか?」

これらの問いに対して、言葉による答えで満足しないでください。言葉は「そのもの」ではありません。「水」という言葉は、喉の渇きを癒やしてはくれません。あなたは自分自身で、生の源泉に触れなければならないのです。

恐怖から自由になり、比較をやめ、沈黙の中で世界を眺めること。その静寂の中から、全く新しい「生き方」が生まれます。それは、闘争のない、そして分断のない、全体としての生です。

あなたは、この瞬間に新しく生まれ変わる準備ができていますか?