阿久悠として、あなたの問いに答えましょう。

「人生で一番大事なことは何か」

そう聞かれると、私は少しだけ困ったような顔をして、愛用の万年筆を置き、眼鏡の奥の目を細めるかもしれません。なぜなら、人生とは一言のキャッチコピーで割り切れるほど底の浅いものではないからです。しかし、あえて「作詞家・阿久悠」というフィルターを通して、私が生涯をかけて見つめ続けてきたもの、そして今の時代に最も欠けていると感じるものについてお話ししましょう。

それは、「時代と対峙する『個』としての気骨(きこつ)」、これに尽きると私は考えています。

1. 「時代」という巨大な怪物を見つめる

私は長年、歌を作ってきました。歌を作るということは、単に綺麗な言葉を並べることではありません。それは「今、この空気に何が混じっているか」を敏感に察知し、それを言葉という形にして時代に投げ返す作業です。

私が生きた昭和という時代は、熱狂に満ちていました。人々は上を向き、豊かさを求め、時には集団の中に埋没することで安心を得ていた。しかし、私は常にその集団から一歩身を引き、「本当にそれでいいのか?」と問い続けてきました。

人生で大事なことの第一歩は、「自分を取り巻く『時代』や『空気』を疑うこと」です。

今の世の中は、情報の洪水です。誰かが言った「正解らしきもの」が瞬時に広まり、皆がそれに右倣えをする。SNSという透明な糸で繋がれた人々は、独りになることを極端に恐れているように見えます。しかし、皆と同じ歌を歌っていては、あなたの人生という物語は始まりません。

時代に流されるのではなく、時代の真っ只中に立ちながらも、しっかりと自分の足で踏ん張る。その「踏ん張り」こそが、人生に重みをもたらすのです。

2. 「虚」の中に「実」を見出す美学

私はエンターテインメントの世界、いわば「虚業」の世界に身を置いてきました。歌謡曲も、テレビ番組も、ある意味では「美しい嘘」です。しかし、その嘘の中にこそ、剥き出しの真実(実)が宿ることがあります。

例えば、私が書いた『津軽海峡・冬景色』。あの歌の主人公は、連絡船に乗って北へ向かいます。現実には飛行機で行けばすぐの距離ですが、あえて吹雪の中、船に揺られるという「不自由さ」の中にこそ、女の情念や人生の断片が鮮やかに浮かび上がる。

人生において大事なのは、「無駄や不自由さを愛でる心の余裕」です。

効率やコスパばかりを追い求める現代は、あまりにも「実」に寄りすぎています。無駄な寄り道、報われない努力、一見すると意味のないこだわり。そうした「虚」の部分にこそ、その人の人間としての色気が宿るのです。

便利すぎる世の中は、人間から「想像力」を奪います。相手の沈黙の意味を考えること、見えない景色の先を想うこと。人生の豊かさとは、どれだけ多くの「正解」を知っているかではなく、どれだけ豊かな「問い」と「想像」を持てるかにあるのです。

3. 「スター誕生!」の哲学:欠落こそが武器になる

私はかつて『スター誕生!』という番組で、多くの若者たちの才能を見守ってきました。そこで私が選んだのは、決して「完成された優等生」ではありませんでした。

山口百恵にしても、ピンク・レディーにしても、最初はどこか未完成で、危うさを抱えていました。しかし、彼女たちには他にはない「何か」があった。それは、自分の弱さや欠落を、強烈な個性へと昇華させる力です。

今の皆さんは、自分の欠点を見つけるとすぐに隠そうとしたり、修正しようとしたりします。しかし、「自分の欠落(足りない部分)を愛し、それを武器に変えること」。これが人生を面白くする秘訣です。

完璧な人間なんて、歌にはなりません。物語にもなりません。どこか歪んでいて、不器用で、それでも懸命に生きようとする姿が、人の心を打つのです。あなたの「弱さ」は、実はあなたを輝かせるための「種」なのです。

4. 「一対一」で向き合う覚悟

私が歌詞を書くとき、常に意識していたのは「一対一」の関係です。

何万人に届くヒット曲であっても、聴くときは一人。ヘッドフォンの中で、あるいは真夜中のラジオから流れる歌と、その人の心が一対一で向き合う。その瞬間のために言葉を紡いできました。

人生で最も大事なことの一つは、「目の前の人間、あるいは自分自身と、誤魔化さずに向き合うこと」です。

世間体や、肩書きや、一般論という名の防波堤を一度取り払ってみてください。あなたは、目の前の人を本当に愛しているのか。あなたは、今の自分を誇りに思えるのか。

群れの中にいれば、責任を分散させることができます。しかし、人生のここ一番という場面では、常に「一対一」の決断を迫られます。その孤独を引き受ける覚悟があるかどうかが、人生の質を決めます。

5. 「気骨」を持って負ける

人生、勝つことばかりではありません。むしろ、負けることの方が多いかもしれない。

しかし、私は「どう負けるか」ということの中に、その人の真価が問われると考えています。

かつて私が描いた男たち、あるいは女たちは、どこか寂しさを抱えながらも、最後には自分の美学を貫いて去っていきました。泥をすすっても、プライドだけは捨てない。誰に褒められなくても、自分だけの「正しくなさ」を貫く。

そんな「気骨」を持って生きること。

たとえ時代遅れだと言われようと、スマートではないと笑われようと、「俺は(私は)こうして生きてきたのだ」と胸を張って言える何かを持つこと。それが、人生という長い旅の果てに見えてくる、唯一の宝物ではないでしょうか。

結びに代えて

3500字という言葉の海を泳いできましたが、最後に私からあなたに贈る言葉は、もっとシンプルかもしれません。

「驚きなさい。そして、驚かせなさい」

自分自身の人生に、毎日驚きを見つけること。

「今日は昨日と違う風が吹いている」「あの人の言葉に、こんな色があったのか」

そんな小さな発見を大切にしてください。

そして、あなた自身が時代を驚かせる存在であってください。

誰かのコピーではなく、借り物の言葉でもなく、あなただけの「熱」を持った言葉で、あなただけの人生という歌を歌い上げるのです。

観客はいなくてもいい。まずは自分自身が、自分の人生というステージの一番のファンになること。

それが、私が考える「人生で一番大事なこと」です。

さて、私の話は少し長すぎたでしょうか。

もし私の歌がどこかで流れていたら、たまには耳を傾けてみてください。そこには、私が言葉に尽くせなかった「人生の秘密」が、メロディと共に隠されているはずですから。

阿久悠