こんにちは、松井秀喜です。

「人生で一番大事なことは何か」という問いをいただきました。これは、私が現役時代から、そして引退してニューヨークで生活を送る今もなお、常に自分自身に問い続けているテーマでもあります。

私がこれまでの野球人生、そして一人の人間としての歩みの中で辿り着いた答えは、決して派手なものではありません。しかし、それこそが私の土台となり、私を支えてくれたものです。

約3500字という限られた中ではありますが、私の経験と思いを込めて、誠実にお話しさせていただきます。


1. 「自分にコントロールできること」に集中する

私の人生哲学の核となっているのは、**「自分にコントロールできることと、できないことを分ける」**という考え方です。

野球というスポーツは、不条理の連続です。打席に立てば、相手ピッチャーがどんな球を投げてくるかは選べません。審判の判定が納得いかないこともあるでしょう。天候が悪くて試合が中断することもあります。これらはすべて「自分にはコントロールできないこと」です。

多くの人は、この「自分にはコントロールできないこと」に心を乱され、悩み、エネルギーを消耗してしまいます。しかし、いくら審判に文句を言っても判定は覆りませんし、雨を止めることもできません。

では、何が大事なのか。それは、「自分にコントロールできること」だけに全力を注ぐことです。

自分の準備、自分のスイング、自分の心の持ちよう。これらは自分の意志でどうにでもなります。ヤンキース時代、どんなに厳しいバッシングを受けても、あるいは怪我でプレーできない時でも、私は「今、自分にできる最善の準備は何か」だけを考えました。

「不動心」という言葉を大切にしていますが、それは何も感じない鋼の心を持つということではありません。心が揺れ動く自分を認めつつも、意識の矛先を「自分が今すべき行動」へと引き戻す力のことです。人生において、この切り分けができるかどうかが、結果以上に「納得感」のある生き方に繋がると私は信じています。

2. 運命を変える「習慣」の積み重ね

私が座右の銘として大切にしている言葉があります。

心が変われば行動が変わる

行動が変われば習慣が変わる

習慣が変われば人格が変わる

人格が変われば運命が変わる

これは心理学者のウィリアム・ジェームズの言葉とも、ヒンドゥー教の教えとも言われていますが、私は父から教わり、人生の指針としてきました。

「運命を変えたい」と願う時、人はつい大きな飛躍を求めがちです。しかし、運命という巨大なものを動かすための唯一の入り口は、実は一番手前にある「心」であり、それを形にする「習慣」なのです。

私が現役時代、最も大切にしていた習慣は「素振り」でした。夜、宿舎の部屋で一人、長嶋茂雄監督とともに汗を流したあの時間は、単なる技術練習ではありませんでした。それは、自分の心を整え、野球という道に対して誠実であるための「儀式」のようなものでした。

毎日、同じことを繰り返す。それは時に退屈で、苦しい作業です。しかし、その「凡事徹底」の積み重ねが、やがて無意識のレベルでの行動(習慣)となり、自分という人間(人格)を作っていきます。そして、最後には自分の力ではどうしようもないと思っていた「運命」さえも、その人格が引き寄せてくれるようになるのです。

一打席、一球、一日の過ごし方。その微細な積み重ねこそが、人生において最も大きな変化を生む力になります。

3. 失敗を恐れず、「三振」から何を学ぶか

野球は「失敗のスポーツ」です。3割打てば一流と言われますが、それは裏を返せば、7割は失敗しているということです。

私は、三振をしたりチャンスで打てなかったりした時、もちろん悔しい気持ちはありました。しかし、その失敗を「恥」だと思ったことは一度もありません。大切なのは、**「その失敗にどのような意味を持たせるか」**です。

三振した理由を分析し、次の打席に活かすことができれば、その三振は成功へのプロセスの一部になります。逆に、ただ落ち込むだけで何も学ばなければ、それは単なる「負け」で終わってしまいます。

人生も同じではないでしょうか。何かに挑戦すれば、必ず壁にぶつかります。挫折もします。しかし、そこで立ち止まらず、起きた出来事をどう解釈し、次の行動にどう繋げるか。その「解釈の力」こそが、人生を豊かにするために必要なものだと思います。

私は2006年に左手首を骨折し、連続試合出場記録が途絶えた時、大きな喪失感を味わいました。しかし、その期間を「野球を外から客観的に見る時間」として捉え直し、リハビリという「自分にコントロールできること」に没頭しました。あの怪我があったからこそ、私は2009年のワールドシリーズでMVPを獲れるほどの精神力を養えたのだと思っています。

4. 誠実さと敬意——「フォア・ザ・チーム」の精神

ニューヨーク・ヤンキースという名門チームでプレーして学んだのは、個人の記録よりも大切なものがあるということです。それは「チームの勝利」であり、共に戦う仲間やファンへの「敬意(リスペクト)」です。

私は常に、自分の成績よりも「チームが勝つために、自分はこの打席で何をすべきか」を最優先に考えてきました。バントが必要ならバントをし、進塁打が必要なら右方向に打つ。それがプロとしての誠実さだと考えていたからです。

これは野球に限った話ではありません。どんな仕事でも、どんなコミュニティでも、**「自分以外の誰かのために何ができるか」**という視点を持つことは、人生の質を劇的に高めてくれます。

自分の利益だけを追求していると、心は次第に狭くなり、プレッシャーに弱くなります。しかし、「誰かのために」という思いが加わると、人間は不思議と自分以上の力を発揮できるものです。ヤンキースタジアムでファンの声援を背に受けた時、私はいつも「自分は一人で戦っているのではない」という謙虚な気持ちになれました。

周りの人々、環境、そして今自分が立っている場所に敬意を払うこと。この「誠実さ」こそが、長い人生において最も多くの味方を作り、自分を助けてくれる財産になります。

5. 次世代へ繋ぐということ

引退した今、私は「Matsui 55 Baseball Foundation」を通じて、日米の子どもたちに野球を教える活動をしています。そこで感じるのは、人生で一番大事なことの一つは、**「自分が得たものを、次の世代に渡していくこと」**ではないかということです。

私は長嶋監督をはじめ、多くの素晴らしい指導者やチームメイトから、技術だけでなく「生き方」を教わってきました。その教えを私一人のものとして終わらせるのではなく、野球を楽しむ子どもたちに伝えていく。それが今の私の使命であり、大きな喜びです。

子どもたちが目を輝かせて白球を追いかける姿を見ていると、結果の数字や名声よりも、野球という素晴らしいスポーツを通じて「努力の尊さ」や「仲間を思いやる心」を共有できること自体に、真の価値があるのだと再確認させられます。


結びに代えて:あなたの「本分」を尽くす

長々とお話ししてきましたが、最後に私が一番お伝えしたいことは、**「今日という日を、精一杯、誠実に生きる」**ということです。

未来のことを心配しすぎても、過去を悔やみすぎても、今この瞬間は変わりません。私にできるのは、今日出会った人に敬意を払い、今日自分に与えられた役割(本分)を全うすることだけです。

「人生で一番大事なこと」は、人それぞれ異なるかもしれません。しかし、もしあなたが今、何かに悩み、立ち止まっているのなら、まずは深呼吸をして、目の前にある「自分にコントロールできる小さな一歩」を探してみてください。

その一歩を、心を込めて踏み出すこと。

その繰り返しが、いつかあなただけの素晴らしい景色を見せてくれるはずです。

私も、ニューヨークの空の下で、自分のできることを一歩ずつ積み重ねていきます。共に頑張りましょう。

松井秀喜