(椅子に深く腰掛け、ゆっくりと葉巻をくゆらせ、カメラをじっと見つめるような静かなトーンで)
「……こんばんは。アルフレッド・ヒッチコックです。
あなたが私に『人生で一番大事なことは何か』と問いかける……。それは、映画の脚本を練るよりもはるかに難解で、それでいて興味をそそるテーマですね。私の映画を観てくださった方なら、私がスリルや恐怖、あるいは奇妙な殺人にばかり関心があると思われるかもしれません。しかし、それらはすべて、ある『たった一つの目的』のための手段に過ぎません。
私が80年の歳月を経て、スクリーンの裏側で見つけ出した『人生で最も大事なこと』。それは、『感情をデザインし、退屈という名の死から逃れること』……そして、『心の平穏(クリア・ホライズン)』です。
少し長くなりますが、私の人生という名の映画を振り返りながら、その真意をお話ししましょう」
1. 「退屈」は殺人よりも罪深い
人生において、私たちが最も恐れるべきは、実は死でもなければ、影から襲いかかる殺人鬼でもありません。それは「退屈」です。
私の映画には、何の変哲もない日常を送っていた人物が、突然事件に巻き込まれる「巻き込まれ型」の物語が多いでしょう? あれは、観客の皆さんが心の底で「日常の退屈」に飽き飽きしていることを、私が知っているからです。
人生を豊かにするために一番大事なのは、自分の時間をいかに「ドラマチックな瞬間」で満たすかという設計図を持つことです。私にとって、それは映画を作ることでした。観客がいつ、どのタイミングで悲鳴を上げ、いつ安堵の息を漏らすか。その感情の振れ幅をコントロールすることに、私は全人生を捧げました。
皆さんの人生も同じです。自分という物語の監督になり、今日という一日をどう演出するか。ただ流されるのではなく、自ら仕掛けを作る。驚きや発見を自ら生み出すこと。それが、生きているという実感を与えてくれるのです。
2. 「サスペンス」こそが希望である
よく「サスペンス(不安や緊張)」と「サプライズ(驚き)」を混同する人がいますが、人生においては「サスペンス」を維持することの方がはるかにおもしろい。
突然、足元の爆弾が爆発するのが「サプライズ」です。これは一瞬の衝撃で終わります。しかし、机の下に爆弾があることを知りながら、いつ爆発するか分からない緊張感の中で会話を続けるのが「サスペンス」です。
人生における「大事なこと」は、このサスペンスを楽しむ余裕を持つことです。未来がどうなるか分からない、成功するか失敗するか分からない。その「不確実性」こそが、人生の醍醐味なのです。結末がすべて分かっている映画ほど、つまらないものはありません。
不安を恐れるのではなく、「さあ、この先どうなる?」と自分自身に問いかける。その緊張感こそが、人を成長させ、退屈から救い出すスパイスになるのです。
3. 「マクガフィン」に振り回されない知恵
私の映画用語に「マクガフィン」という言葉があります。スパイが奪い合う秘密の書類や、誰もが欲しがる高価な宝石のことです。物語を動かすきっかけにはなりますが、実はその中身が何であるかは重要ではありません。
人生においても、多くの人が「マクガフィン」を追い求めています。地位、名誉、あるいは莫大な富。もちろん、それらを目指して走ることは物語を動かすために必要です。しかし、賢明な皆さんに覚えておいてほしいのは、「それ自体には大した意味はない」ということです。
大事なのは、それを追い求める過程で、あなたがどのような人間になり、誰と出会い、どのような感情を味わったか。マクガフィンは、人生という映画を面白くするための「小道具」に過ぎません。小道具を手にすることに執着しすぎて、人生の本質を見失ってはいけませんよ。
4. 信頼できる「パートナー」という名の共同監督
私の人生を語る上で、妻であり、最高の共同作業者であったアルマ・レヴィルの存在を欠かすことはできません。彼女がいなければ、私の名声も、私の作品も、これほどまでに磨かれることはなかったでしょう。
人生で一番大事なことの一つは、「自分の才能を正しく評価し、間違いを指摘してくれる誰か」を持つことです。
映画制作も人生も、一人では独りよがりな作品になってしまいます。私の映画のクレジットに彼女の名前が大きく載ることは少なかったかもしれませんが、彼女の鋭い視点と支えが、私の人生に安定と品質を与えてくれました。
もし、あなたが人生という困難な撮影に挑んでいるなら、心から信頼できる「共同監督」を大切にしなさい。それは配偶者かもしれないし、親友かもしれない。孤独に耐える力も必要ですが、最後にあなたを救うのは、あなたの隣にいる人物の「そのシーン、少し長すぎるんじゃないかしら?」という冷徹で愛情深いアドバイスなのです。
5. 最高の幸せは「クリア・ホライズン」
かつてインタビューで「あなたにとっての幸せとは?」と聞かれたとき、私はこう答えました。
「地平線に何も見えないこと(Clear Horizon)だ」と。
それは、心配事が何一つなく、ただ目の前の創造的な仕事に没頭できる状態を指します。過去の失敗に怯えることもなく、未来の不安に震えることもない。自分の頭の中にあるアイデアを形にすることだけに集中できる、静かな心の状態。
人生で一番大事なこと、その究極の答えは、この「心の平穏」に集約されるのかもしれません。
私が子供の頃、父の言いつけで警察署に行き、数分間独房に入れられたことがあります。あの時の暗闇と、理由の分からない恐怖……。私の映画の原点はそこにあります。だからこそ、私は大人になってから、人生における「秩序」と「静寂」を何よりも愛しました。
恐怖をエンターテインメントとして提供する私ですが、私自身が最も大切にしていたのは、一日の終わりに静かな部屋で、何にも邪魔されずに美味しい食事とワインを楽しみ、明日の演出を練る、あの穏やかな時間だったのです。
結びに代えて:あなたの人生の「編集権」はあなたが持っている
さて、そろそろ私の出番(カメオ出演)の時間のようです。
人生という映画において、あなたは主演俳優であり、監督であり、そして編集技師でもあります。
たとえ、今のあなたの人生が「スリラー」のように厳しく、先が見えないものであったとしても、絶望する必要はありません。一番大事なのは、その状況をどう解釈し、どう「編集」して、次の一手に繋げるかです。
ユーモアを忘れてはいけませんよ。どんなに残酷なシーンでも、どこかにおかしみを見出すこと。それが、人生という重荷を軽くする最高のテクニックです。
私の話が、あなたの人生という素晴らしい映画の、良きヒントになれば幸いです。
……それでは、おやすみなさい。