江副浩正です。
私の名を聞いて、あなたが真っ先に思い浮かべるのは、あの忌まわしい「リクルート事件」のことでしょう。戦後最大の疑獄事件の首謀者、バブル経済のあだ花、あるいは拝金主義の権化。世間が私に貼ったレッテルは、おそらくそのようなものでしょう。
しかし、私はあえてこう言いたい。「レッテル」という他人が作った尺度でしか物事を見られないことこそが、人生における最大の損失である、と。
私は晩年、多くの時間を孤独な法廷闘争と、静寂な思索の中で過ごしました。かつて何千人もの社員を熱狂させ、日本という国の雇用や情報のあり方を根底から覆そうとした私が、独りきりで考え続けたこと。
「人生で一番大事なことは何か」。
この問いに対し、私が今、天上の視点から、あるいは歴史の彼方から答えるとすれば、それは「自律した個として、自らの物語を生きること」、これに尽きます。
3500字という紙幅をいただきました。少し長くなりますが、私の経営哲学、成功と転落、そして孤独の中で見つけた真実について、論理的にお話ししましょう。
第一章:自ら機会を創り出すということ
リクルートの社訓として知られる言葉があります。
「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
これは私が作った言葉ですが、単なる社員へのスローガンではありません。私の人生観そのものです。
日本の社会、特に私が若かった頃の昭和という時代は、「他人が作った機会」に乗っかることが幸福だとされていました。良い大学に入り、良い会社に入り、終身雇用というエスカレーターに乗れば、自動的に幸せという階に運ばれる。多くの人はそのレールを疑いもしませんでした。
しかし、私はその構造に強烈な違和感を抱いていました。なぜなら、他人が作ったレールの上を走っている限り、人は決して「当事者」になれないからです。
人生で最も重要なのは、「当事者意識(Psychological Ownership)」を持つことです。
会社の仕事であれ、趣味であれ、あるいは家庭生活であれ、「これは誰かから与えられた役割だ」と感じた瞬間、人の情熱は死にます。逆に、「これは私が始めたことだ」「私が選んだことだ」と腹の底から思えた時、人は無限のエネルギーを発揮します。
私がリクルートという会社を通してやりたかったのは、単に就職情報誌を売ることではありません。「個の確立」です。企業という巨大な組織に対し、個人が対等な立場で情報を得て、自分の意志で職業を選ぶ。住まいを選ぶ。学びを選ぶ。その「選択の自由」こそが、人を人たらしめると信じていました。
あなたにお聞きしたい。あなたは今、自分の人生の経営者ですか? それとも、誰かの人生の従業員ですか?
もし、あなたが現状に不満を抱いているとしたら、それは「環境」のせいではありません。あなたが「機会を創り出す」ことを放棄し、「機会を待つ」側に回っているからです。50代であろうが、環境がどうであろうが、自ら動き、小さな波を起こすこと。その波がやがて自分自身を変えていくダイナミズム。これこそが生きる醍醐味です。
第二章:情報は力であり、愛である
私は「情報」というものに憑りつかれた男でした。
私が学生起業家として広告取りを始めた頃、世の中は「情報の非対称性」に満ちていました。企業は学生を選別し、不動産屋は情報を隠し、力のある者が情報を独占することで利益を得ていました。
私はそれを破壊したかった。情報をオープンにし、誰もがアクセスできるようにする。当時の「企業への招待(後のリクルートブック)」や「住宅情報」は、そのための武器でした。
なぜ情報が大事なのか。それは、情報がなければ人は「比較」ができず、比較ができなければ「納得」できないからです。
人生において「納得感」ほど尊いものはありません。どんなに苦しい道であっても、自分で情報を集め、比較し、自分で決めた道なら、人は歯を食いしばって歩けます。しかし、情報遮断された状態で押し付けられた道は、どんなに平坦でも地獄です。
現代はインターネットで情報が溢れています。しかし、逆説的ですが、現代ほど「本質の情報」が見えにくくなっている時代もないように見えます。ノイズが増えすぎたのです。
そんな中で大事なのは、一次情報に触れることです。噂やネットの評判(二次情報)ではなく、自分の足で稼ぎ、自分の目で確かめた情報。それだけが、あなたの決断を支える「背骨」になります。
私はビジネスにおいて、徹底的な合理主義者でした。数字は嘘をつかないからです。しかし、その数字の裏にあるのは、常に「人間の欲望」や「不安」です。情報を制するとは、人間の心を理解することと同義です。
人生で大事なこと。それは、あふれる情報の中から、自分にとっての真実を選び取る「知性」と、その情報に基づいて決断する「勇気」です。
第三章:異端であることの孤独と誇り
私は日本の財界において、常に異端でした。
「リクルートは宗教のようだ」「江副はやり方が汚い」。そんな批判は常に私の背中に張り付いていました。
既得権益を持つ人々にとって、新しいルールを持ち込む人間は脅威であり、排除すべきウイルスです。私はそのことを痛いほど知っていました。しかし、私はあえてその摩擦を恐れませんでした。なぜなら、摩擦のないところに熱は生まれず、熱のないところに革新は起きないからです。
「出る杭は打たれる」と言います。確かに私は打たれました。徹底的に、再起不能なまでに打たれました。
しかし、打たれることを恐れて杭であることを辞めてしまえば、それはもはや自分ではありません。
人生において大事なことは、「他人と違うこと」を恐れないことです。むしろ、他人と違う部分にこそ、あなたの価値の源泉があります。
日本の社会は「同調圧力」が強い。50代、60代になれば、「いい歳をして」という言葉で、個性を殺すことを求められます。しかし、私は言いたい。年齢など、単なる数字という記号に過ぎません。
私がリクルート事件で逮捕され、マスコミのフラッシュを浴びた時、世間は私を嘲笑しました。「成金が落ちた」と。
しかし、留置場の中で、そしてその後の長い隠遁生活の中で、私は不思議と晴れやかな気持ちになる瞬間がありました。それは、「私は私のやり方で戦った」という自負があったからです。結果は敗北だったかもしれない。しかし、戦わずに迎合した人生よりは、遥かに密度が濃かった。
誤解を恐れずに言えば、「正しさ」などは時代によって変わります。当時の検察の正義と、私の論理は噛み合いませんでした。しかし、歴史の時間軸で見れば、私のやってきたこと――情報の公開、能力主義、起業家精神の育成――が、その後の日本のスタンダードになったことは、皮肉な事実です。
だから、あなたも恐れないでほしい。周囲の評価ではなく、自分の内なる「ものさし」で生きることを。孤独は、先駆者の特権なのです。
第四章:挫折と喪失の先にあるもの
リクルート事件によって、私は築き上げた帝国を追われました。我が子のように愛した会社を去り、友人だと思っていた人々が潮が引くように去っていくのを見ました。
その時、私が痛感したのは、「肩書き」や「資産」の脆さです。
社長である江副浩正、資産家の江副浩正。それらが剥ぎ取られた時、そこに残ったのは、ただの一人の初老の男でした。
しかし、全てを失って初めて、見えてくるものがあります。
それは、利害関係なしに接してくれる、ごく少数の本当の友人の温かさ。
そして、静かに本を読み、音楽を聴き、思考を巡らせる時間の豊かさです。
私は現役時代、分刻みのスケジュールで動いていました。効率こそが正義でした。しかし、リクルートを離れた後の日々で、私は「無駄」の価値を知りました。
効率的に成功することだけが人生ではない。挫折し、悩み、泥水をすするような時間の中にこそ、人間の深みは醸成されるのです。
人生で一番大事なこと。それは、成功することではありません。「失敗から何を学ぶか」です。
そして、どんなに絶望的な状況にあっても、知的好奇心を持ち続けることです。
私は晩年になっても、新しいビジネスモデルやテクノロジーへの関心を失いませんでした。PCを自作し、インターネットの可能性に目を輝かせていました。肉体は衰え、社会的地位は失っても、精神の自由だけは誰にも奪えない。それこそが、人間の尊厳だと私は思います。
結論:あなたという物語の編集権
長くなりましたが、結論を申し上げましょう。
人生で一番大事なこと。
それは、「自分の人生の編集権を、自分で握り続けること」です。
私たちは皆、自分という雑誌の編集長です。
どのページにどんな特集を組むか。誰を表紙にするか。どんなキャッチコピーをつけるか。それはすべて、あなたが決めることです。
親が望む特集記事を組む必要はない。
世間が流行らせている記事を真似る必要もない。
たとえ部数が伸びなくても、たとえ評論家に酷評されても、あなたが「これが面白い」と信じる記事で埋め尽くされた人生は、美しい。
私は「リクルート」という巨大なメディアを作りましたが、結局のところ、私自身が一番伝えたかったのは、このメッセージだったのかもしれません。
もしあなたが今、57歳だとして。
人生の残り時間は、まだたっぷりあります。企業の寿命より、人間の寿命の方が長くなりつつある時代です。
過去の栄光や、過去の失敗に縛られるのはナンセンスです。今日のあなたが、これからの人生で一番若い。
新しい機会を創り出してください。
自分の中にある違和感を大切にしてください。
そして、たとえ孤独であっても、自分の頭で考え、自分の足で歩いてください。
私がかつて愛した社員たちに送った言葉を、今、あなたに送ります。
「どうしたい? 君はどうしたいんだ?」
この問いを、鏡の中の自分に毎日投げかけてください。その答えの中にしか、あなたの幸せはありません。
論理と情熱を持って、あなた自身の人生を経営してください。
江副 浩正