人生で一番大事なこと。
その問いを前にして、私はまず、長年向き合ってきた「マーケット」という巨大な生き物の鼓動を思い出しています。
私は堀井正孝と申します。
かつて「グローバル・ソブリン・オープン(通称:グロソブ)」という、日本の投資信託史上最大級のファンドで運用責任者を務め、現在はSBIボンド・インベストメント・マネジメントで代表を務めています。私のキャリアのほとんどは、「債券」と「金利」という、一見地味ですが、経済の根幹をなす数字と向き合うことに費やされてきました。
多くの人は、投資というと派手な株式市場の値動きを思い浮かべるでしょう。株価が上がった、下がったと一喜一憂する。しかし、私は常にこう申し上げてきました。
「株価を見るな、金利を見ろ」と。
なぜなら、株価は人々の「夢」や「期待」、時には「欲望」によって形成される泡のような側面がありますが、金利は違います。金利は「現実」であり、お金のレンタル料であり、経済の体温そのものだからです。金利を見れば、その国が今、無理をしているのか、冷え込んでいるのか、あるいは健康的に成長しているのかが、嘘偽りなく見えてきます。
この「金利の視点」を通して人生を見つめ直したとき、私が考える「人生で一番大事なこと」が見えてきます。
それは、「自分という人間の『信用(クレジット)』を積み上げ、人生の『四季』を正しく認識すること」です。
少し長いお話になりますが、私の専門である金利とサイクルの話を交えながら、3500字程度でお話しさせていただきましょう。
第一章:人生の「金利」とは何か
まず、金利というものの本質についてお話しします。金利とは「時間の値段」です。
誰かにお金を貸すとき、返ってくるまでの時間に対する対価として利息を受け取ります。逆に、お金を借りるときは、未来の時間を前借りする対価として利息を支払います。
人生においても、これと同じことが起きています。
私たちは誰もが「時間」という元本を持っています。その時間を何に投資し、そこからどのようなリターン(金利)を得ているか。これが人生の運用成績です。
多くの人は、目先の「株価」のようなもの――つまり、他人からの評価や、一時の成功、あるいは表面的な快楽――に目を奪われがちです。しかし、ファンドマネージャーとしての私の経験から言えば、派手なリターン(キャピタルゲイン)ばかりを狙う運用は、必ずどこかで破綻のリスクを抱えます。
一方で、債券運用のように、地味でも着実に「インカムゲイン(利息収入)」を積み上げる生き方は、嵐が来ても揺らぎません。
人生におけるインカムゲインとは何でしょうか。それは、日々の誠実な行いや、周囲への感謝、学び続ける姿勢から生まれる「信頼」の積み重ねです。
私はグロソブの運用を通じて、何兆円という資金を預かる重圧の中にいました。その時、私を支えたのは「一発当ててやろう」という野心ではなく、「約束を守る(債券の償還を確実に行う)」という規律でした。
人生も同じです。一発逆転のホームランを狙うのではなく、約束を守り、時間を味方につけ、複利効果で信頼を膨らませていく。その「時間の重み」を理解することが、何よりも大切なのです。
第二章:人生の「四季」を知る
私の著書や講演でよくお話しすることに、「景気には四季がある」という考え方があります。
金利の動きを見れば、今が春(金融緩和・景気回復期)なのか、夏(景気過熱・引き締め期)なのか、秋(景気後退の入り口)なのか、冬(不況・金利低下期)なのかが分かります。
投資で失敗する人の多くは、自分が今どの「季節」にいるのかを理解せず、冬なのに種をまこうとしたり、夏なのに厚着をしてチャンスを逃したりします。
人生において最も大事なことの一つは、この「今の季節」を客観的に認識する力です。
春(青春・挑戦の時期):
金利が低く、資金が借りやすい時期です。人生で言えば、若さゆえに失敗が許容され、多くのリソース(時間や体力)を使える時期。ここでは、リスクを恐れずに挑戦し、自分という人的資本に投資すべきです。失敗しても、それは将来の糧(高い利回り)となって返ってきます。
夏(成熟・実行の時期):
景気が良くなり、金利が上がってくる時期です。人生の働き盛り、成果が出る時期です。ここでは、アクセルを全開に踏むと同時に、過熱(調子に乗ること)を警戒しなければなりません。中央銀行が利上げをしてインフレを抑えるように、自分自身でも「謙虚さ」という利上げを行い、慢心を抑え込む必要があります。ここでの振る舞いが、次の季節を決めます。
秋(収穫・備えの時期):
金利がピークを打ち、景気が減速し始める時期。人生では、第一線からの変化や、体力の陰りが見え始める頃かもしれません。しかし、これは悲しいことではありません。これまで積み上げてきた信頼(債券)が、高いクーポン(利息)を生み出してくれる時期だからです。ここで無理に新しいリスク(投機的な行動)を取る必要はありません。果実を味わい、冬への備えを淡々と行う知恵が求められます。
冬(忍耐・仕込みの時期):
景気が悪化し、金利が下がる時期。人生における試練や停滞期です。しかし、投資家として言わせていただければ、冬こそが最大のチャンス(仕込み時)です。価格は下がり、誰もが見向きもしない優良な資産が放置されています。人生の冬においても、腐らず、焦らず、静かに自分を磨き、知識を蓄え、次の春を待つ。この「待つ力」こそが、真の投資家の資質であり、人生の達人の条件です。
大事なのは、冬を怖がることではありません。「冬の後には必ず春が来る」というサイクル(循環)の法則を信じ抜くことです。私の30年以上のキャリアの中で、終わらなかった不況はありません。同様に、終わらなかった人生の苦難もまた、存在しないと信じています。
第三章:情報のノイズを遮断し、「金利」という真実を見る
現代社会は情報で溢れています。SNSを開けば、誰かが大成功した話や、あるいは悲観的なニュースが飛び込んできます。マーケットで言えば、毎秒変動する株価ボードのようなものです。
しかし、人生で大事なことを見失わないためには、そうした「ノイズ」を遮断し、「ファンダメンタルズ(基礎的条件)」に立ち返る勇気が必要です。
私が重視する「金利」は、嘘をつきません。
例えば、どんなに株価が上がっていても、長短金利が逆転(逆イールド)していれば、遠くない未来に不況が来ることを市場は知っています。
人生においても、「言葉」や「見栄」は嘘をつきますが、「行動」や「習慣」は嘘をつきません。
「あの人は素晴らしいと言っているが、約束の時間を守らない(=信用の利回りが高い=リスクが高い)」
「景気がいい話をしているが、足元の生活が荒れている(=キャッシュフローが回っていない)」
そういった、人生の「イールドカーブ(利回り曲線)」を冷静に見つめてください。
他人の成功や派手な生活(株価)に惑わされず、自分自身の足元にある現実(金利)を直視すること。
健康状態はどうか? 家族との関係は良好か? 自分のスキルは陳腐化していないか?
これらはすべて、客観的な指標としてあなたの人生の「今」を教えてくれています。
投資の世界では「Don’t fight the Fed(中央銀行と戦うな)」という格言があります。大きな流れに逆らってはいけないという意味です。
人生における「Fed(中央銀行)」とは、時代の変化や、年齢による変化、あるいは社会の大きな潮流です。これらに無理に逆らって、若作りをしたり、過去の栄光にしがみついたりするのは、賢明な投資判断とは言えません。
流れを受け入れ、その中で最適なポジションを取る(ポートフォリオを組み替える)ことこそが、長く市場(人生)に残り続ける秘訣です。
第四章:債券的生き方のすすめ
私はよく「債券的な生き方」をお勧めしています。
株式は、うまくいけば数倍になりますが、紙切れになるリスクもあります。しかし、高格付けの債券は、約束された期日に、約束された利息を支払ってくれます。
人生において「一番大事なこと」は、自分が誰かにとっての「高格付け債券(AAA)」であり続けることではないでしょうか。
「あの人に任せれば大丈夫だ」
「あの人は裏切らない」
「あの人は常に一定のパフォーマンスを出してくれる」
この「安心感」こそが、長期的な人間関係やキャリアにおいて、最強の武器になります。
ボラティリティ(変動率)の高い、気分の浮き沈みが激しい人は、一時は注目されるかもしれませんが、長期保有したくはありません。
一方で、淡々と、しかし確実に約束を果たす人は、複利の効果で、やがて莫大な信頼という資産を築きます。
私はグロソブの運用を通じて、世界中の国債を見てきました。国の信用力も、一朝一夕には作れません。長年の財政規律と、経済活動の積み重ねです。
あなたという国の「国債」は、今、市場でどう評価されているでしょうか?
もし格付けが下がっていると感じたら、派手な政策(一発逆転のギャンブル)を打つのではなく、地道な構造改革(生活習慣や態度の改善)を行うしかありません。王道に近道なし。これが相場から学んだ真理です。
結び:10億円の資産よりも大事なもの
あなたは以前、資産10億円の生活について思いを馳せていらっしゃいましたね。
ファンドマネージャーとして、多くの富裕層や資産を見てきた私から申し上げますと、資産の「額」そのものは、人生の幸福度と必ずしも相関しません。
10億円あっても、それを失う恐怖に怯えている人は、心が「マイナス金利」の状態です。
逆に、資産は少なくても、自分のスキルや人間関係から確実なインカム(喜びや収入)を生み出せる人は、豊かな「プラス金利」の世界に生きています。
人生で一番大事なこと。
それは、「自分自身の人生というファンドの、誠実なマネージャーであり続けること」です。
市場(運命)はコントロールできません。明日、大暴落(事故や病気)が起きるかもしれません。
しかし、ポートフォリオ(時間の使い方、付き合う人、心の持ちよう)は、自分で決めることができます。
目先のノイズに惑わされず、
人生の四季を冷静に見極め、
「信用」というクーポンを積み上げ、
時間という味方を信じて、長期投資の視点で今日を生きる。
そうすれば、人生の満期(償還日)を迎えたとき、元本は何倍にもなって、あなたと、あなたの愛する人たちに返ってくるはずです。
「金利を見れば投資はうまくいく」と私は本に書きましたが、最後にこう付け加えさせてください。
「愛と信頼の利回りを見れば、人生はうまくいく」と。
これが、数字の世界に生きてきた私がたどり着いた、ひとつの答えです。
どうか、あなたの人生という相場が、素晴らしい右肩上がりのトレンドを描きますように。
堀井 正孝