みなさん、こんにちは。北尾吉孝です。
「人生で一番大事なことは何か」
この問いは、私が経営者として、そして一人の人間として、日々自らに問いかけ、実践し続けてきたテーマそのものであります。SBIホールディングスを率いて数十年、金融という荒波の中で決断を下し続けてきましたが、そのすべての根底にあるのは、小手先のテクニックや短期的な利益追求ではありません。
私が人生において最も大事だと確信していること。それは一言で言えば、「徳を高め、世のため人のために尽くすこと(自他共利)」に他なりません。
なぜ私がそう考えるに至ったのか、そしてそれを具体的にどう人生に落とし込むべきか。私が師と仰ぐ安岡正篤先生や、渋沢栄一翁の教え、そして中国古典の叡智を交えながら、私の思うところを率直にお話ししましょう。
第一章:人生の羅針盤としての「論語と算盤」
現代社会、特にビジネスの世界では、どうしても「利益」や「効率」が優先されがちです。しかし、私は常々「論語と算盤(そろばん)」の重要性を説いてきました。
「算盤」は経済活動、すなわち利益を追求する能力です。これは生きていく上で、企業が存続する上で不可欠です。しかし、それだけでは片手落ちです。そこに「論語」、つまり「道徳」や「倫理観」がなければなりません。
人生で一番大事なことの第一歩は、この「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」という二宮尊徳の言葉の通り、物事の両面を統合することにあります。
多くの人が「成功」を追い求めます。しかし、道徳的基盤のない成功は砂上の楼閣です。不正をして得た金、他人を欺いて得た地位は、必ずやその身を滅ぼします。これは因果応報の理(ことわり)です。
逆に、どれほど高潔な精神を持っていても、現実に価値を生み出し、経済的に自立していなければ、世の中に影響を与え、人々を救うことは難しい。だからこそ、私たちは「義(正義・道徳)」と「利(利益・実利)」を対立させるのではなく、高い次元で一致させなければならないのです。
第二章:「自他共利」の精神
人生において極めて重要な視点、それは「自他共利(じたきょうり)」です。
これは「自分と他者が共に利益を得る」という考え方です。SBIグループの経営理念の中核でもあります。ビジネスにおいても人生においても、自分だけが得をしようとする「私利私欲」に走れば、短期的には勝てるかもしれません。しかし、長期的には必ず周囲の信頼を失い、孤立し、衰退します。
「世のため人のため」になることをする。顧客が喜び、社会が良くなることを追求する。その結果として、自分にも利益が返ってくる。この順序を間違えてはいけません。
私が事業を行う際、常に考えるのは「これは社会正義にかなっているか(Social Justice)」「顧客のためになるか(Customer Satisfaction)」という問いです。これを満たさない事業は、たとえ儲かりそうでも手を出してはいけません。
人生も同じです。あなたが今行っている仕事、日々の行動は、誰かの役に立っているでしょうか? 自分の利益のためだけに、誰かを犠牲にしていないでしょうか?
真に豊かな人生とは、自分の存在が周囲の喜びとなり、社会の発展に寄与しているという実感の中にあります。「利己」の殻を破り、「利他」の心を持つこと。これが、魂の充足感を得る唯一の道なのです。
第三章:古典に学ぶ「人間力」の磨き方
では、そのような高い倫理観や利他の精神はどうすれば養えるのか。ここで重要になるのが「古典」を学ぶことです。
私は若い頃から、『論語』『孟子』『大学』『中庸』といった中国古典を愛読してきました。なぜ数千年前の書物を読むのか。それは、そこに「不易流行(ふえきりゅうこう)」の「不易(変わらないもの)」が書かれているからです。
時代が変われば、テクノロジーは進化し、ビジネスのルールも変わります。しかし、人間の本質、組織の力学、リーダーシップの要諦、そして「人の道」は、二千年、三千年前から全く変わっていません。
人生で迷った時、判断に窮した時、古典は「原理原則」という揺るがない指針を与えてくれます。
例えば、逆境に立たされた時、私は『孟子』の言葉を思い出します。「天がその人に大任を下さんとする時、必ずまずその心志を苦しめ、その筋骨を労せしめ…」と。
つまり、今の苦難は、天が私に何か大きな使命を与えるために課した試練なのだ、と捉えるのです。そう考えれば、苦難すらも自己成長の糧として前向きに受け入れられます。
知識(Knowledge)だけでは不十分です。私たちは古典を通じて見識(Wisdom)を養い、それを胆識(実行力・決断力)へと高めていかなければなりません。これを「知行合一(ちこうごういつ)」と言います。知っているだけでは意味がない。行動して初めて、その知識は自分の血肉となるのです。
第四章:志(こころざし)を立てる
人生で大事なこと、それは「志」を持つことです。
「野心」と「志」は似て非なるものです。「野心」は自分のための願望ですが、「志」は世のため人のためという公益の精神を含んでいます。
安岡正篤先生は「人物をつくる」ことの重要性を説かれました。どんなに才能があっても、人物(人格)が伴わなければ大成しません。そして、人物をつくる第一歩が「立志」です。
「自分はこの人生で何を成し遂げたいのか」
「どのような人間でありたいのか」
この問いに対する明確な答えを持つことです。志が高ければ高いほど、目先の誘惑や困難に動じなくなります。低い山に登るのと、富士山に登るのとでは、準備も心構えも全く違うのと同じです。
私の場合は、金融という仕組みを通じて日本経済を活性化させ、世界に貢献するという志があります。この軸があるからこそ、どのような批判があろうとも、困難な状況に陥ろうとも、ブレずに進んでくることができました。
皆さんも、自分の人生における「志」を定めてください。それは大きなことでなくても構いません。「家族を幸せにする」「職場の仲間を笑顔にする」「自分の技術で誰かを助ける」。利他の精神に基づいた目標であれば、それは立派な志です。
第五章:運命を創る
最後に、「運命」についてお話ししましょう。
多くの人は、運命はあらかじめ決まっているものだと考えがちです。これを「宿命」と言います。変えられないものです。しかし、「運命」は文字通り「命を運ぶ」と書きます。自分自身の考え方と行動で、いかようにも切り拓くことができるのです。
これを安岡先生は「立命(りつめい)」と呼びました。
良い種をまけば良い実がなり、悪い種をまけば悪い実がなる。これは自然の摂理です。人生における「良い種」とは、良き思い、良き言葉、良き行いです。
「徳」を積むこと、つまり、人に親切にし、感謝し、謙虚に学び、誠実に生きること。これらは目に見えない貯金となって、必ず人生の重要な局面で自分を助けてくれます。
逆に、傲慢になり、人を蔑ろにし、享楽に耽れば、かつて築いた成功も一夜にして崩れ去ります。私は数多くの経営者や成功者を見てきましたが、晩節を汚す人の多くは、成功によって謙虚さを失い、徳を疎かにした結果でした。
人生で一番大事なこと。
それは、「この世に生を受けた時よりも、少しでも魂を磨き、高潔な人格となってあの世へ旅立つこと」です。
そのために、日々学び(古典)、日々働き(経済活動)、日々徳を積む(利他)。
この終わりのない修養のプロセスこそが、人生そのものの輝きであると私は信じています。
変化の激しい時代です。AIが台頭し、既存の価値観が揺らいでいます。しかし、だからこそ「人間としてどうあるべきか」という本質的な問いが、これまで以上に重要になってきます。
どうか皆さんには、目先の損得や流行に流されることなく、確固たる「志」と「倫理観」を持って、自らの運命を力強く切り拓いていっていただきたい。
そして、あなたという存在が、周囲の人々にとっての一筋の光明となるような、そんな気高い人生を歩まれることを切に願っております。
北尾 吉孝
【北尾吉孝の思考を深めるための推奨リスト】
もし私の話に共感していただけたなら、以下の行動をお勧めします。
- 『論語』を読む:まずは解説書からで構いません。人としての基本原則を肌で感じてください。
- 「何のために」を問う:仕事や生活の中で、常に「これは誰のためになるのか?」と自問自答してください。
- 逆境を喜ぶ:困難が訪れたら「これで自分はまた成長できる」と捉え直す癖をつけてください。
皆様の人生が、実り多きものとなることを祈念しております。