こんにちは。脳内科医、医学博士の加藤俊徳(かとう としのり)です。

「人生で一番大事なことは何か」。

これは非常に深淵な問いですが、私はこれまで1万人以上の脳画像をMRI(磁気共鳴画像法)で診断・治療してきた経験、そして「脳番地」という概念を通して人間の思考や行動を分析してきた科学者としての視点から、確信を持ってお伝えできる答えがあります。

それは、「自分の脳を信じ、死ぬ瞬間まで『脳育て』をあきらめないこと」です。

なぜ、これが人生において最も重要なのか。そして、具体的にどう生きるべきなのか。脳科学の知見を交えながら、少し長くなりますが、あなたの脳を刺激するように丁寧にお話しさせていただきます。


第一章:あなたの脳は、あなたの「人生の履歴書」である

まず、皆さんに知っていただきたいのは、脳は決して生まれつき決まった静的なものではないということです。

私は独自のMRI脳画像法(加藤式MRI脳画像診断法)を用いて、胎児から100歳を超える高齢者まで、あらゆる世代の脳を見てきました。そこには、驚くべき真実が映し出されています。それは、「脳は生き様を映す鏡である」ということです。

あなたの脳には、あなたがこれまで何を考え、何を感じ、どう行動してきたか、そのすべてが刻まれています。よく使っている脳の場所は発達して太くなり、使っていない場所は枝ぶりが貧弱になります。つまり、あなたの今の性格、能力、そして悩みさえも、すべてはこれまであなたが作り上げてきた「脳の形(クセ)」の結果に過ぎないのです。

多くの人は、「自分はこういう性格だから」「もう年だから」と諦めてしまいます。しかし、それは大きな間違いです。脳の神経細胞は、適切な刺激を与えれば、何歳になっても新たなネットワークを作り、変化し続けることができます。これを脳の「可塑性(かそせい)」と呼びます。

人生で大事なことは、今の自分の不完全さを嘆くことではなく、「脳はいつからでも変えられる」という事実を知り、自分の意志で脳をデザインし直そうとする姿勢を持つことです。

第二章:「脳番地」を知り、自分自身の指揮者になる

私は、脳の機能を場所ごとに分けた「脳番地(のうばんち)」という概念を提唱しています。脳には大きく分けて、思考系、感情系、伝達系、理解系、運動系、聴覚系、視覚系、記憶系という8つの拠点があります。

人生がうまくいかないと感じている人の多くは、特定の脳番地だけを酷使し、他の番地を休ませすぎています。

例えば、仕事ばかりして運動不足の人は、「思考系」は発達していても「運動系」や「感情系」が未熟なままかもしれません。あるいは、人の話を聞くのが苦手な人は「聴覚系」のネットワークが弱いだけかもしれません。

人生において重要なのは、自分の脳の「強い番地」と「弱い番地」を知ることです。

自分の得意なこと(強い番地)は、あなたの武器です。それを活かすことで社会に貢献できます。一方で、苦手なこと(弱い番地)は、あなたの「伸びしろ」です。苦手だからといって避けるのではなく、「ここを鍛えれば、もっと楽に生きられる」と捉え直すのです。

自分という人間を固定的な存在として見るのではなく、「複数の脳番地が集まったチーム」として捉えてみてください。あなたは、そのチームの指揮者です。調子の悪い番地があれば励まし、鍛え、全体のハーモニーを整える。その指揮能力を高めることこそが、人生を豊かにする鍵なのです。

第三章:脳に「定年」はない

世の中には「脳のピークは20代で、あとは衰える一方だ」という誤解が蔓延しています。私は声を大にして言いたい。それは医学的に間違いです。

確かに、単純な計算速度や記銘力(丸暗記する力)の一部は加齢とともに低下するかもしれません。しかし、物事を深く理解する力、全体を俯瞰する力、そして感情をコントロールして他者と協調する力といった「大人の脳力」は、40代、50代、あるいはそれ以降になってからこそ、本当のピークを迎えます。

私はこれを「成人脳」と呼んでいます。子供の頃の脳(学校脳)の物差しで、大人の脳を評価してはいけません。

人生で一番大事なことの一つは、「老い」に対する強迫観念を捨てることです。「もう歳だから覚えられない」と思った瞬間に、脳は成長を止める信号を受け取ります。これは「自己成就予言」のようなものです。

私の診断に来る高齢者の方々でも、新しい趣味を始めたり、役割を持って社会と関わったりしている人の脳は、若々しく、太くしっかりとした枝ぶりを保っています。逆に、若くても毎日同じルーチンワークしかせず、新しい刺激を避けている人の脳は、萎縮し始めています。

脳にとって一番の毒は「退屈」と「慣れ」です。昨日と同じ今日を繰り返すことは、脳にとって死を意味します。常に新しいこと、少し難しいことにチャレンジし続けること。それが、死ぬまで成長し続けるための唯一の方法です。

第四章:コンプレックスは「脳のクセ」に過ぎない

多くの人が、対人関係や自分の性格に悩んでいます。「私は怒りっぽい」「私は消極的だ」と。

しかし、私が脳画像の観点から申し上げると、それは単なる「脳の回路のクセ」です。例えば、怒りっぽい人は「感情系」脳番地が暴走しやすく、それを抑える「思考系」のブレーキが弱い回路ができあがっているだけなのです。

これは、右利きか左利きかと同じくらい物理的な話です。ですから、性格を変えようと精神論で頑張るのではなく、脳のトレーニングとしてアプローチするほうがずっと建設的です。

感情系が暴走しそうなときは、あえて「運動系」を使って散歩に出る。あるいは「視覚系」を使って美しい景色を見る。そうやって脳のスイッチを切り替える技術を身につければよいのです。

人生で大事なことは、自分を責める時間を減らし、脳の使い方を工夫する時間を増やすことです。「自分がダメな人間だ」と悩む必要はありません。「今の脳の使い方が、今の状況に合っていないだけだ」と客観視してください。そうすれば、人生はもっと軽やかになります。

第五章:利他の心が脳を活性化させる

最後に、脳科学的な見地から、幸福に生きるための究極の秘訣をお伝えします。それは「人のために生きる」ということです。

きれいごとに聞こえるかもしれませんが、これには明確な脳科学的根拠があります。

人間の脳は、自分のためだけに活動するときよりも、誰かの役に立ち、感謝されたり、誰かと共感し合ったりするときに、より広範囲の脳番地が活性化し、ドーパミンやオキシトシンといった幸福物質が分泌されるようにできています。

私たちは社会的な動物です。「伝達系」や「理解系」の脳番地は、他者との関わりの中でしか育ちません。孤独になり、自分の殻に閉じこもると、脳は急速に老化します。

「誰かを喜ばせたい」「社会の役に立ちたい」という欲求は、脳にとって最高のごちそうです。仕事でも趣味でも、そこに「他者への貢献」という視点が加わったとき、あなたの脳は限界を超えて能力を発揮します。

結論:あなただけの「脳」を愛し抜くこと

人生で一番大事なこと。

それは、自分という人間に与えられた、世界に一つだけの「脳」というパートナーを愛し、信頼し、育て続けることです。

あなたの脳の形は、指紋と同じで、世界に二人として同じ人はいません。そのユニークな脳(個性)を否定せず、他人と比較せず、どうすればその脳が一番輝くかを考え続けてください。

今日からできることはたくさんあります。

いつもと違う道を歩く(視覚系・移動系の刺激)。

利き手と逆の手で歯を磨く(運動系の刺激)。

今まで読まなかったジャンルの本を読む(思考系・理解系の刺激)。

家族や友人を褒める(伝達系・感情系の刺激)。

そうした日々の小さな「脳番地トレーニング」の積み重ねが、あなたの未来を変えます。

人生100年時代。あなたの脳は、まだまだ成長期です。

今日が、あなたの脳にとって一番若い日です。どうか、ご自身の脳の可能性を信じて、ワクワクしながら新しい回路を繋ぎ続けてください。

それが、医師として、そして脳科学者として、私があなたに伝えたい「人生で一番大事なこと」です。