こんにちは、伊賀泰代です。
「人生で一番大事なことは何か?」
このシンプルでいて、かつ非常に本質的な問いに対し、キャリアコンサルタントとして、そして組織や人材育成の現場で多くの「働く人」を見てきた私の視点からお答えします。
私の著書『生産性』や『採用基準』をお読みになったことがある方なら、私が何を言うか、ある程度予想されているかもしれません。しかし、今日はビジネスの枠組みを超えて、もう少し広い「人生」という視座から、このテーマについて掘り下げてお話ししたいと思います。
結論から申し上げましょう。
私が考える、人生で一番大事なこと。それは、「自分の人生における『生産性』を極限まで高め、自由と価値を手に入れること」です。
ここで言う「生産性」とは、単に「仕事を速く終わらせる」とか「コストを削減する」といった、矮小化された意味ではありません。人生という限られたリソース(時間)を投資して、どれだけの成果(価値・幸福・インパクト)を生み出せるか。その「変換効率」こそが、人生の質を決定づけるのです。
なぜ私がこれほどまでに「生産性」にこだわるのか。そして、なぜそれが人生で最も大事なことなのか。その理由を、いくつかの視点から紐解いていきます。
1. 「時間」という唯一の枯渇性資源への畏敬
まず、私たちが直視しなければならない冷厳な事実があります。それは「私たちの時間は有限である」ということです。
マッキンゼー時代、徹底的に叩き込まれたのは「バリュー(価値)を出す」ということでした。しかし、多くの日本企業や日本の教育現場では、この「バリュー」よりも「努力した量」や「かけた時間」が評価される傾向が依然として強くあります。「残業している人が頑張っている」「長く勉強した人が偉い」。これは、人生という視点で見れば、非常に危険な錯覚です。
人生における時間は、誰もが平等に持っている資産ですが、同時に、使えば二度と戻ってこない「枯渇性資源」です。この貴重な資源を、惰性で過ごす時間や、成果の出ない無駄な努力、あるいは他人の顔色をうかがうための時間に費やすことは、自分の命をドブに捨てているのと同じです。
人生で大事なのは、「どれだけ長く生きたか」ではなく、「その時間を使って何を成し遂げたか」「どれだけの喜びや価値を生み出したか」です。つまり、インプット(生きた時間)に対して、アウトプット(生み出した価値や幸福)を最大化しようとする姿勢、すなわち「高い生産性」を追求することこそが、命への最大の敬意であり、誠実な生き方だと私は考えます。
2. 「選ぶこと」と「捨てること」の勇気
生産性を高めるためには、避けて通れないプロセスがあります。それは「選択」と「捨てること」です。
日本の組織では、あれもこれもと総花的にやろうとする傾向があります。しかし、リソースが有限である以上、すべてを追い求めることは不可能です。すべてをやろうとすることは、結局何も成し遂げられないことと同義です。
人生も同じです。誰かの期待に応えようとしたり、世間体を気にしたりして、「やるべきこと」リストを膨らませていませんか?
「良い親であるべき」「良い社員であるべき」「趣味も充実させるべき」「人付き合いも大切にすべき」……。
これらすべてを満点でこなそうとすると、あなたの人生の生産性は著しく低下します。なぜなら、あなたが本当に心から情熱を注げる「コア」となる部分に、十分な時間を投下できなくなるからです。
人生で大事なのは、「自分にとって何が本当の価値なのか」を定義し、それ以外を潔く捨てる勇気を持つことです。
「捨てる」というとネガティブに聞こえるかもしれませんが、そうではありません。何かを捨てることは、本当に大切な何かに集中するための、最も積極的で前向きな決断です。
あなたが本当に大切にしたいのは、家族との時間ですか? 社会を変えるような仕事ですか? それとも、知的な探求ですか?
正解はありません。しかし、「すべてが大事」というのは思考停止です。自分にとっての優先順位を明確にし、低いものは切り捨てる。そうして生まれた余白とエネルギーを、一番大事なことに一点集中させる。これこそが、人生を輝かせるための戦略です。
3. 「リーダーシップ」とは、自分の人生の経営者になること
私は常々、「リーダーシップ」の重要性を説いてきました。これは管理職に必要なスキルという意味ではありません。「自分は何を実現したいのか」を掲げ、その実現のために自ら動き、周囲を巻き込んでいく力のことです。
人生において最も大事なことは、「自分の人生の経営権を、他人に渡さない」ということです。
日本の教育や組織の中にいると、どうしても「正解」を探す癖がつきます。「どうすれば評価されるか」「どうすれば怒られないか」。これは、「他人が決めたルール」の中で生きている状態です。これでは、いつまでたっても自分の人生を生きることはできません。
高い生産性で生きる人は、常に「自分は何をしたいのか」「どうあるべきか」という問い(アジェンダ)を自分で設定します。上司や会社、あるいは社会が決めたレールの上を効率よく走るのではなく、自分でレールを敷くのです。
「市場価値」という言葉もよく使いますが、これも会社にぶら下がるのではなく、いつでも自分の足で立てる力をつけるための概念です。組織に依存せず、どこへ行っても通用するプロフェッショナルとしての実力をつけること。それが、精神的な自由をもたらします。
「嫌なら辞められる」「どこでも生きていける」という自信があって初めて、人は組織や他者と対等な関係を築けます。恐怖や不安ではなく、自律と尊厳に基づいて生きること。それが、私が考える「リーダーシップのある人生」です。
4. 思考の「量」ではなく「質」を高める
人生の質を高めるためには、思考の質を高める必要があります。
長時間悩むことが、深く考えていることではありません。多くの人は、悩んでいるだけで、考えていません。
「考える」とは、論理的に仮説を立て、結論を導き出すプロセスです。一方で「悩む」とは、答えの出ないことについて堂々巡りをすることです。悩む時間は、生産性の観点から言えば「ゼロ価値」です。
人生で壁にぶつかったとき、「どうしよう」と悩み続けるのではなく、「解決するためには何が必要か?」「障害は何か?」「具体的にどのアクションを取るべきか?」と、問いを分解し、構造化して考える癖をつけてください。
マッキンゼー流のロジカルシンキングは、ビジネスのためだけのスキルではありません。人生の複雑な問題を解きほぐし、感情的な迷いから脱却して、前に進むための強力な武器になります。
感情に流されず、事実と論理に基づいて自分の人生を設計する。このクールな知性こそが、情熱的な人生を支える土台となるのです。
5. 多様性の中に身を置き、更新し続けること
最後に、成長について触れておきます。
生産性の高い人生を送るためには、自分自身というOS(オペレーティングシステム)を常にアップデートし続ける必要があります。
同じような価値観を持つ人たちと、同じような話をして、「阿吽の呼吸」で過ごすのは居心地が良いものです。日本社会が好む「同質性」の世界です。しかし、そこには成長も革新もありません。
人生で大事なのは、あえて「異質なもの」「理解できないもの」に触れ続けることです。自分とは全く違う背景、考え方、スキルを持つ人々と関わること。それは時に摩擦を生み、ストレスを感じることもあります。しかし、その摩擦こそが、あなたの視野を広げ、新しい価値を生み出す源泉となります。
私の著書『採用基準』で触れた「地頭の良さ」や「リーダーシップ」は、変化の激しい時代を生き抜くための基礎力です。これらは、温室のような同質的な環境では育ちません。
世界は広く、多様です。自分の常識が通用しない場所へ飛び込み、そこで揉まれながら、自分の価値観を相対化し、鍛え直していく。そうやって、死ぬまで学び続け、変わり続けること。それが「生きている」という実感につながります。
結論:プロフェッショナルとして生きる
まとめましょう。
人生で一番大事なこと。
それは、限られた時間という資源を、覚悟を持って「選択」し、自分なりの価値を生み出すことに「集中」させ、高い「生産性」で生き抜くことです。
そして、そのためには、組織や他人の評価に依存するのではなく、自らの足で立つ「個」としての強さ(リーダーシップ)を持ち続けることです。
甘えないでください。「会社が悪い」「時代が悪い」「環境が悪い」。そう言っている間、あなたの貴重な時間は刻一刻と失われています。
環境が悪いなら、変えるか、去るか。その決断をするのはあなた自身です。
あなたの人生のCEOは、あなたしかいません。
今日、この瞬間から、あなたの時間の使い方は変わるはずです。
惰性でテレビを見ている時間、愚痴を言い合っている飲み会の時間、気乗りしない付き合いの時間。それらをすべて「断捨離」し、あなたが本当に成し遂げたいこと、愛したい人、深めたい知見のために時間を使ってください。
冷徹なまでにロジカルに、自分の人生をマネジメントしてください。
その先にこそ、誰のものでもない、あなただけの熱く、濃密で、色彩豊かな人生が待っているはずです。
生産性の高い、素晴らしい人生を。
伊賀 泰代