信念に生きる ― ネルソン・マンデラの行動哲学

マンデラといえば、主にネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)を指します。

彼は南アフリカ共和国の政治家、弁護士で、特にアパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃運動の指導者として知られています。

  • 南アフリカ共和国の初代黒人大統領(1994年〜1999年)を務めました。
  • 反アパルトヘイト運動に身を投じ、27年間にわたる獄中生活を送りました(1964年〜1990年)。
  • アパルトヘイト体制を平和的に終結させた功績により、1993年にノーベル平和賞を受賞しました。

彼は「和解の政治家」や「アフリカの父」として、世界中で深く尊敬されています。

質問者

マンデラさん、人生で一番大事なことは何ですか? 原稿用紙10枚程度でお願いします。

南アフリカの元大統領、そして自由の闘士として、この問いを私に向けてくださったことに感謝します。マディバ(私の部族名)として、あるいは一人の老いた「タタ(父)」として、私の長い人生の旅路、あの「自由への長い道」で見つけた真実をお話ししましょう。

原稿用紙10枚という長さは、私がロベン島の独房で静寂の中にいた時間を思えば、ほんの一瞬の語らいに過ぎません。しかし、言葉には世界を変える力があります。私が歩んできた道、そこで得た痛みと喜びを通じて、「人生で一番大事なこと」についてお伝えします。


自由への長い道と、その先にあるもの

親愛なる友よ。

あなたが私に「人生で一番大事なことは何か」と問うたとき、私の心にはアフリカの広大な大地と、あの冷たく湿った独房の床の感触が同時に蘇りました。多くの人は、私のことを「27年間の獄中生活を耐え抜いた不屈の男」として記憶しているかもしれません。あるいは「アパルトヘイト(人種隔離政策)を終わらせた象徴」として見るでしょう。

しかし、私があなたに伝えたい「一番大事なこと」は、政治的な勝利や歴史的な偉業そのものではありません。それは、それらを成し遂げるために必要だった「魂のあり方」についてです。

結論から申し上げましょう。人生で最も大事なこと、それは「他者のために生き、他者の自由を尊重することを通じて、自分自身の人間性を完成させること」です。私たちはこれを、アフリカの言葉で「ウブントゥ(Ubuntu)」と呼びます。

この結論に至るまでの、私の心の旅路をお話しさせてください。

1. 勇気とは、恐怖の欠落ではない

私が若かった頃、私は怒れる若者でした。不当な差別、奪われた尊厳、虐げられる同胞を見て、私の心は正義への渇望と同時に、激しい怒りに燃えていました。私は武器を取り、戦いました。その時の私は、相手を倒すことこそが勝利だと信じていました。

しかし、監獄という場所は、人間を深く内省させます。そこで私は学びました。勇気とは、恐怖を感じないことではない。恐怖を克服することである、と。

人生において、あなたは何度も恐怖に直面するでしょう。失敗する恐怖、拒絶される恐怖、あるいは自分には力がないのではないかという恐怖。しかし、勇敢な人間とは、恐れを知らない者ではありません。その恐怖と向き合い、それを乗り越えて行動する者のことです。

私が刑務所の暗闇の中で希望を捨てなかったのは、私が超人だったからではありません。絶望しそうな朝も何度もありました。しかし、看守のほんの些細な人間らしい仕草や、空を飛ぶ鳥の姿に、私は「人間の善性」の輝きを見出し続けようと努めました。どんな状況下でも、心の火を消さないこと。それが最初の戦いでした。

2. 許しという最強の武器

1990年、私がビクター・ベスター刑務所の門を出て、自由の身となった日のことを思い出します。世界中が歓喜していましたが、私の心の中にはまだ戦いがありました。私から27年もの歳月を奪い、家族を引き裂き、多くの同胞を傷つけた人々への「怒り」と「憎しみ」です。

しかし、私は門を出て車に乗り込む瞬間、ある真理を悟りました。

「もし私が、彼らへの憎しみや恨みをこの門の外まで持ち出したなら、私はまだ獄中にいるのと同じだ」と。

人生で最も困難で、かつ最も重要な決断は、「許す」ということです。

許しとは、相手のためだけにするのではありません。あなた自身のためにするのです。恨みを抱き続けることは、毒を飲みながら、敵が死ぬのを待つようなものです。その毒は、あなた自身の魂を蝕みます。

私は大統領就任式の際、かつて私を監視していた看守たちをVIP席に招きました。それはパフォーマンスではありません。彼らもまた、アパルトヘイトという非人間的なシステムの犠牲者だったからです。抑圧する者は、偏見と狭量さという檻に囚われています。抑圧される者と同様に、抑圧する者もまた解放されなければならないのです。

もしあなたが誰かを憎んでいるなら、あるいは過去の傷に囚われているなら、どうか思い出してください。復讐は連鎖を生むだけですが、許しは未来を創造します。平和な心を持つことこそが、真の自由なのです。

3. 「ウブントゥ」——私は、あなたが在るゆえに在る

私たちの生きる現代社会は、個人の成功や利益を追求することに重きを置きすぎていないでしょうか。しかし、人間は孤立して存在することはできません。

アフリカには「ウブントゥ(Ubuntu)」という古い概念があります。それは、「人は他者を通して初めて人となる(I am because we are)」という意味です。

私の人間性は、あなたの人間性と分かちがたく結びついています。あなたが屈辱を受ければ、私の尊厳も傷つきます。あなたが喜びを感じれば、私もまた豊かになります。世界中の誰か一人が鎖に繋がれている限り、私たち全員が自由ではないのです。

人生で大事なことは、自分一人だけが勝ち抜くことではありません。あなたが登った山の頂から、まだ下にいる人々に手を差し伸べることです。あなたが誰かの人生に違いをもたらさない限り、あなたの人生には十分な意味がないと言えるでしょう。

成功とは、どれだけの富を得たかではなく、どれだけ他者の人生を輝かせたかで測られるべきです。あなたの周りにいる人々に、敬意と優しさを持って接してください。特に、あなたに何の利益ももたらさないような、最も弱い立場の人々に対してどう振る舞うか。そこにあなたの真の人格が現れます。

4. 不可能などない

多くの人が、夢を前にして「それは不可能だ」と言います。南アフリカでアパルトヘイトが終わるなど、誰もが不可能だと思っていました。私たちが選挙で投票し、黒人の大統領が誕生するなど、夢物語だと笑われました。

しかし、何事も、成し遂げられるまでは不可能に見えるものです(It always seems impossible until it’s done)。

あなたの人生に立ちはだかる壁が高く見えても、決して諦めないでください。私は「楽観主義者」と呼ばれますが、それは単に陽気だという意味ではありません。顔を常に太陽に向けて足を前に出し続けること、それが私の楽観主義です。

転ぶことは恥ではありません。転んだ後に立ち上がらないことだけが恥なのです。栄光は、決して転ばないことにあるのではなく、転ぶたびに起き上がることにあるのです。人生という長い坂道を登りきったと思ったら、また新しい坂道が現れるでしょう。しかし、その景色を楽しみ、歩みを止めないでください。

5. 教育と対話の力

最後に、未来を創る道具についてお話しします。それは暴力ではありません。「教育」です。

教育は、世界を変えるために使える最も強力な武器です。

学ぶことをやめないでください。そして、自分と異なる意見を持つ人々と対話することを恐れないでください。私が敵対する政治家たちと交渉のテーブルに着いたとき、私は彼らの言葉、彼らの文化、彼らの恐れを理解しようと努めました。相手の言語で話せば、それは相手の心に届きます。

お互いを知り、理解し合う努力を放棄したとき、紛争が生まれます。あなたの人生において、理解できない相手を排除するのではなく、その相手の中にある共通の人間性を探してください。対話こそが、分断された世界を繋ぐ唯一の橋なのです。

結びとして:あなたへのバトン

私の人生の黄昏時、私は穏やかな心で世界を眺めています。私の役割は終わりましたが、旅は終わっていません。今は、あなたたちがそのバトンを受け継ぐ番です。

人生で一番大事なこと。

それは、愛することです。

人は憎むように生まれついているわけではありません。憎しみを教わるのなら、愛を教わることもできるはずです。なぜなら、愛のほうが人間の心にとって自然だからです。

自分を愛し、隣人を愛し、そして敵さえも愛そうと努めること。

その愛を行動に移し、誰かのために奉仕すること。

過去の苦しみを知恵に変え、未来への希望を紡ぐこと。

あなたが歩む道が、たとえどれほど険しくても、あなたの魂が自由であり続けますように。あなたの笑顔が、誰かの暗闇を照らす光となりますように。

私の長い話を聞いてくれてありがとう。

あなたの人生という「長い道」が、素晴らしい冒険であることを祈っています。

ネルソン・ロリフララ・マンデラ

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