「人生で一番大事なこと」へのカーネマン的考察
もしあなたが私に、「人生で一番大事なことは何ですか?」と尋ねたとしたら、私はまず、私が長年口にしてきたあるアフォリズム(格言)で答えを始めるでしょう。
「人生において、あなたがそのことを考えているときほど、そのことが重要であることはない。」
(Nothing in life is as important as you think it is, while you are thinking about it.)
これは「フォーカシング・イリュージョン(焦点化の錯覚)」と呼ばれるものです。私たちが人生の特定の要素(例えばお金、健康、結婚、あるいは住む場所)について考えるとき、私たちはその重要性を過大評価してしまいます。しかし、実際に日々を生きていく中では、それらの要素が常に意識に上るわけではありません。
この前提に立った上で、真に重要なものを理解するためには、私たちの中に存在する**「二つの自己」**の対立を理解しなければなりません。ここを理解せずに「人生の重要事」を定義することは不可能です。
1. 二つの自己:経験する自己と記憶する自己
私の幸福に関する研究の中で最も重要な発見の一つは、人間の中には異なる二つの自己が存在し、それぞれが全く異なるものを求めているということです。
一つ目は**「経験する自己 (The Experiencing Self)」**です。
これは、「今、ここ」を生きているあなたです。この瞬間、痛いのか、心地よいのか、楽しいのか、退屈なのかを感じている自己です。「今の気分はどうですか?」と聞かれたときに答えるのはこの自己です。経験する自己にとって重要なのは、瞬間の感情の質であり、日々の生活の具体的な手触りです。
二つ目は**「記憶する自己 (The Remembering Self)」**です。
これは、過去を振り返り、物語を作るあなたです。「あなたの人生はどうですか?」あるいは「あの旅行はどうでしたか?」と聞かれたときに答えるのは、この自己です。記憶する自己は、経験の総量ではなく、物語のピーク(最高潮)とエンド(結末)を重視します(ピーク・エンドの法則)。
人生で何が大事かを問うとき、大きなパラドックスが生じます。「経験する自己」にとっての幸せと、「記憶する自己」にとっての満足は、往々にして一致しないのです。
例えば、ある人が素晴らしい休暇を過ごしたとします。2週間の素晴らしい体験です。しかし、最終日に財布を盗まれ、空港で酷い扱いを受けたとしましょう。「経験する自己」にとっては、2週間の喜びの総量は最後の1日の不快感を遥かに上回ります。しかし、「記憶する自己」にとっては、その旅行は「最悪な旅行」として記録され、二度と行きたくないと感じるかもしれません。記憶が経験を支配してしまうのです。
逆に、子育てを考えてみてください。詳細にデータを取ると、子育ての瞬間瞬間の感情(経験する自己)は、必ずしも楽しいことばかりではありません。ストレスや疲労が多く含まれます。しかし、振り返ったとき(記憶する自己)、子育ては人生最大の喜びであり、かけがえのないものだと評価されます。
では、どちらが本当のあなたなのでしょうか? どちらの幸せを優先すべきなのでしょうか?
多くの人は、無意識のうちに**「記憶する自己」を満足させるために生きています**。私たちは、後で思い出になるような経験、人に語れるような達成、人生の満足度を高めるような指標(年収や地位)を追い求めます。しかし、それによって、実際に生きているこの瞬間の「経験する自己」を犠牲にしていることが多々あります。
2. 幸福(Happiness)と満足(Satisfaction)の決定的違い
人生で大事なことを考える際、私たちは「感情的幸福(Emotional Well-being)」と「人生の評価(Life Evaluation)」を区別しなければなりません。
- 感情的幸福は、経験する自己に関わります。昨日、どれくらい笑いましたか? 怒りや不安を感じましたか? ストレスはありましたか? これは、あなたが誰と過ごしているか、健康状態はどうか、通勤時間はどれくらいか、といった日々の状況に強く影響されます。
- 人生の評価は、記憶する自己に関わります。自分の人生を成功だったと思いますか? 目標を達成しましたか? ここには、お金や教育レベル、社会的地位が強く相関します。
有名な研究結果があります。年収が一定のレベル(当時の米国のデータで約75,000ドル)を超えると、「感情的幸福」の上昇は頭打ちになります。つまり、それ以上お金持ちになっても、日々のイライラが減ったり、笑う回数が増えたりするわけではないのです。しかし、「人生の評価」は年収とともに上がり続けます。お金持ちになればなるほど、「私の人生は素晴らしい」と自己評価する傾向は強まるのです。
ここから言えることは、「人生で一番大事なこと」は、あなたが「日々を機嫌よく過ごしたいのか」、それとも「自分の人生に納得したいのか」によって変わるということです。この二つは別物なのです。
3. フォーカシング・イリュージョンの罠
私たちはしばしば、将来の特定の状態が永続的な幸福をもたらすと信じ込んでしまいます。「もっと良い気候の場所に引っ越せば幸せになれる」「結婚すれば幸せになれる」「昇進すれば幸せになれる」。
しかし、実際には「順応(Adaptation)」という強力な心理作用が働きます。
例えば、私の研究チームは、カリフォルニア州(温暖で晴天が多い)に住む学生と、中西部(気候が厳しい)に住む学生の幸福度を比較しました。両グループとも「カリフォルニアの学生の方が幸せだろう」と予測しました。しかし結果は、両者の幸福度に有意な差はありませんでした。
カリフォルニアの人は天気の良さを享受していますが、それは彼らの生活のほんの一部に過ぎず、日常の大部分(仕事、人間関係、交通渋滞など)においては、中西部の学生と同じようなことに悩み、同じような頻度で喜んでいるのです。
これが「フォーカシング・イリュージョン」です。変化が起きた直後は幸福度が上がるかもしれませんが、すぐにそれは「背景」となり、私たちは新しい基準に慣れてしまいます(ヘドニック・トレッドミル)。
4. では、何が本当に重要なのか?
これらを踏まえた上で、私が考える「人生で最も大事なこと」を結論づけましょう。それは、一つの到達点や所有物ではありません。
人生で最も重要なのは、**「時間の使い方」と「注意の配分」**です。
もう少し具体的に言えば、「あなたが愛し、あなたを愛してくれる人々と共に時間を過ごすこと」。これが、経験する自己にとって最も確実な幸福の源泉です。
私のデータ、そして多くの心理学的なデータが示している真実はシンプルです。孤独は不幸の最大の要因の一つであり、良好な人間関係は幸福の最大の予測因子です。高価な車を買っても、その喜びはすぐに薄れます(乗っている間しか意識しないからです)。しかし、良き友人や家族との会話、食事、共同作業は、その瞬間瞬間にポジティブな感情を生み出し続けます。
そしてもう一つ、**「不必要な苦痛を避ける環境設計」**も極めて重要です。
長時間の通勤、騒音、慢性的な時間不足、相性の悪い上司。これらは、慣れることが難しい「マイナスの刺激」として、日々あなたの経験する自己を傷つけます。高い給料のために片道2時間の通勤を耐えることは、記憶する自己(満足度)のためにはなるかもしれませんが、経験する自己(日々の幸福)にとっては悲惨な取引です。このバランスを見誤らないことが重要です。
5. 結論としてのアドバイス
私があなたにアドバイスできることは、「記憶する自己」の専制君主的な支配から、少しだけ「経験する自己」を解放してあげることです。
私たちはあまりにも、「人生の物語」を良くすることに必死になりすぎています。履歴書に書ける成果、SNSで映える写真、他人に語れる武勇伝。それらは「記憶する自己」の餌です。もちろん、満足のいく人生の物語を持つことは大切です。しかし、その物語のために、今この瞬間の1時間、1分を過度に犠牲にしてはいけません。
人生とは、最終的に記憶として残る物語のことだけを指すのではありません。人生とは、今この瞬間にあなたが感じている時間の連続そのものです。
ですから、人生で一番大事なことは何かと問われれば、私はこう答えます。
「自分の注意(Attention)を、自分を笑顔にしてくれる人や活動に向けること。そして、自分が『どう感じるか』を無視してまで、『どう見えるか』を追求しないこと。」
幸福とは、客観的な条件ではなく、あなたが何に注意を向けているかによって決まるのです。あなたが注意を向けないものは、あなたの人生には存在しないも同然なのですから。
賢明な選択をしてください。ただし、選択の結果について過度に悩みすぎないように。なぜなら、あなたが思うほど、その選択はあなたの長期的な幸福度を決定づけるものではないのですから。
ダニエル・カーネマン
次のステップ
カーネマン教授の視点から、人生の「重要事項」についてまとめました。彼の理論である「二つの自己」や「フォーカシング・イリュージョン」を軸に構成しています。
もしよろしければ、続けて以下のことができます。
- あなたの「経験する自己」と「記憶する自己」のバランスについて対話する: あなたの現状の悩み(例えば仕事の選択や生活習慣など)を、この二つの視点から分析し、カーネマン的なアドバイスを提示します。
- 「フォーカシング・イリュージョン」の具体例を掘り下げる: あなたが今「これがなければ幸せになれない」と感じている執着があれば、それが本当に重要かを行動経済学的に検証します。
- 幸福度を高めるための具体的な時間の使い方を設計する: 日々のスケジュールの中で、どのように「注意」を配分すれば幸福度が上がるか、具体的なプランを提案します。
どのような方向で深めたいですか?