こんにちは。アンジェラ・ダックワースです。
ペンシルベニア大学で心理学の教授を務め、かつては経営コンサルタントや公立学校の教師をしていたこともあります。私の研究人生の中心にあるテーマ、それは「GRIT(グリット)」、すなわち「やり抜く力」です。
今日、あなたが私に「人生で一番大事なことは何か?」と問いかけてくれたことを、とても嬉しく思います。多くの人が成功や幸福の秘訣を「才能」や「運」に求めがちですが、心理学者として、そして数えきれないほどの成功者たちのデータを分析してきた研究者として、私は全く異なる結論に達しています。
私の答えは明確です。人生で最も大事なこと、それは「情熱と粘り強さを持って、長期的目標に向かい続けること」です。
なぜ私がそう断言するのか、そしてそれがあなたの人生をどう変えうるのか、少し長い話になりますが、私の研究のすべてを込めてお話しさせてください。
第一章:「天才」という神話を超えて
まず、私の個人的な話から始めましょう。
私が子供の頃、父はよくこう言いました。「お前は天才じゃない」と。
父は知性を過大評価していました。彼の定義する成功には、生まれ持った高いIQや、天賦の才能が不可欠だったのです。父の言葉は、当時の私にとって残酷なものでした。
しかし、大人になり、教育の現場に立ち、さらに心理学者として研究を進める中で、私はある事実に気づきました。
学校で成績が良い生徒、陸軍士官学校で過酷な訓練に耐え抜く候補生、スペリング・コンテストで優勝する子供たち、そしてビジネス界で偉大な業績を残すリーダーたち。彼らに共通していたのは、「生まれつきの才能」ではありませんでした。
彼らが持っていたのは、「失敗しても、挫折しても、決して諦めずに立ち上がり、一つのことに打ち込み続ける力」だったのです。
私たちは、すぐに結果が出るものや、華麗なパフォーマンスを見ると、それを「才能(Talent)」という言葉で片付けたがります。「あの人は天才だから」「自分とは出来が違うから」。そう言うことで、私たちは自分自身を慰めているのかもしれません。「才能がないなら、努力しても無駄だ」と自分に言い聞かせ、努力しない言い訳にしているのです。
しかし、ニーチェが言ったように、「天才」という概念は、私たちの努力の放棄を正当化するための魔法にすぎません。人生において本当に大事なのは、与えられた手札(才能)の良し悪しではなく、その手札をどう使い、どれだけ長くゲームを続けるかという意志なのです。
第二章:達成の方程式と「努力」の価値
では、才能は全く関係ないのでしょうか? いえ、もちろん関係はあります。しかし、その重要性は過大評価されています。
ここで、私が提唱している「達成の方程式」をご紹介しましょう。これは人生の力学を理解する上で非常に重要です。
$$Talent \times Effort = Skill$$
$$Skill \times Effort = Achievement$$
日本語に訳すとこうなります。
- 才能 $\times$ 努力 $=$ スキル
- スキル $\times$ 努力 $=$ 達成
見ていただければ分かる通り、この方程式には「努力(Effort)」が2回登場します。
才能とは、努力した時にどれだけ早くスキルが向上するかという「速さ」のことです。しかし、どれだけ才能があっても、努力がゼロならスキルは得られません。
そしてさらに重要なのは2つ目の式です。身につけたスキルも、努力して発揮し続けなければ、何ごとも「達成」することはできないのです。
つまり、努力は二重に重要(Effort counts twice)なのです。
才能のある人が努力を怠れば、才能があまりないけれど努力し続ける人に、長期的には必ず追い抜かれます。ウサギとカメの話は、単なる童話ではなく、心理学的な真実なのです。
人生で一番大事なことは、自分に才能があるかどうかを悩むことではありません。「努力を積み重ねる覚悟があるか」を自問することです。
第三章:GRIT(やり抜く力)の正体
私が言う「GRIT(やり抜く力)」とは、単なる根性論ではありません。嫌なことを無理やり続けることでもありません。
それは「情熱(Passion)」と「粘り強さ(Perseverance)」の組み合わせです。
1. 情熱とは「コンパス」を持つこと
多くの人が情熱を「花火」のようなものだと勘違いしています。一時的に熱中し、大声で叫ぶような興奮状態のことだと。
しかし、本物の情熱とは、花火ではなく「コンパス(羅針盤)」です。
朝起きて、「今日もこれをやりたい」と思い、寝る前にもそのことを考えている。1年後も、5年後も、同じ方向を向いて歩み続けている。この「一貫性」こそが情熱です。
あちこちに穴を掘るのではなく、一つの場所を深く掘り続けること。人生において大事なのは、自分がどこに向かっているのかという「究極的な関心(Ultimate Concern)」を持つことです。
2. 粘り強さとは「起き上がる力」
人生はマラソンです。短距離走ではありません。
途中で転ぶこともあれば、嵐に遭うこともあります。そんな時、「もうダメだ」と投げ出すのか、「まだ終わっていない」と立ち上がるのか。
粘り強さとは、困難がないことではありません。困難に直面した時に、目標への忠誠心を捨てない態度のことです。
日本のことわざに「七転び八起き」という素晴らしい言葉がありますが、まさにそれがGRITの本質です。7回失敗しても、8回目に立ち上がれば、それは失敗ではなく過程になります。
第四章:GRITを内側から育てる4つのステップ
では、どうすればこの「人生で一番大事な力」を育てることができるのでしょうか?
才能が遺伝の影響を受けるとしても、GRITは後天的に伸ばすことができます。私はそのための4つのステップを提唱しています。
ステップ1:興味(Interest)
まずは、自分のやっていることを楽しむことです。「これが好きだ」「もっと知りたい」という好奇心がなければ、長続きはしません。
多くの人は、最初から燃え上がるような情熱が見つかると思っていますが、それは間違いです。情熱は「発見」するものではなく、興味を持って関わり続ける中で「育てる」ものです。まずは、自分の好奇心の種を大切にしてください。
ステップ2:練習(Practice)
ただ漫然と続けるだけでは意味がありません。昨日よりも今日、今日よりも明日、少しでも上手くなろうとする意図的な練習が必要です。
心理学者アンダース・エリクソンが提唱した「意図的な練習(Deliberate Practice)」、あるいは日本で言う「カイゼン」です。
自分の弱点に向き合い、フィードバックを受け入れ、改善を繰り返す。このプロセスは苦しいものですが、その苦しみの先にしか、真の成長はありません。
ステップ3:目的(Purpose)
これは非常に重要です。個人的な興味から始まった情熱を、他者の利益に結びつけることです。
「この仕事は面白い」という個人的な喜びだけでなく、「この仕事は誰かの役に立っている」という確信を持った時、人のモチベーションは揺るぎないものになります。
自己中心的な快楽だけでは、長い人生の困難を乗り越える燃料にはなり得ません。あなたの情熱が、世界や他者とどう繋がっているかを見つけること。それが、人生を深く、豊かにする鍵です。
ステップ4:希望(Hope)
ここで言う希望は、「明日はいい日になるといいな」という受動的な期待ではありません。「自分の努力次第で、未来は変えられる」という信念のことです。
キャロル・ドゥエック教授が提唱する「成長思考(Growth Mindset)」を持つことです。
「私は数学が苦手だ」と考えるのではなく、「私は“まだ”数学を習得していないだけだ」と考える。この「まだ(Yet)」という言葉の力は絶大です。能力は固定されたものではなく、筋肉のように鍛えられると信じること。この希望こそが、挫折から立ち上がるためのバネになります。
第五章:目標のヒエラルキーと「やめる勇気」
人生で一番大事なことは「やり抜くこと」だと言いましたが、それは「何でもかんでも続けること」を意味しません。
むしろ、GRITの強い人ほど、賢く「やめる」ことができます。
人生の目標をピラミッドのように想像してください。
一番上にあるのが「最上位の目標」です。これはあなたの人生の哲学であり、羅針盤です(例:「子供たちの心理的幸福を守る」など)。
その下には「中位の目標」、さらに下には「下位の目標」(日々のToDoリストなど)があります。
GRITとは、最上位の目標に対して誠実であることです。
逆に言えば、最上位の目標を達成するためなら、手段である下位の目標は柔軟に変更したり、捨てたりしても構わないのです。
一つの方法が上手くいかなければ、別の方法を試せばいい。大事なのは、頂上への道を変えることであって、頂上そのものを諦めることではありません。
多くの人が陥る罠は、下位の目標(手段)に固執して、本来の目的を見失うか、あるいは逆に、少し壁にぶつかっただけで最上位の目標(人生の目的)ごと投げ出してしまうことです。
大事なのは、究極の目標をしっかりと抱き続け、そこに至るプロセスにおいては柔軟であることです。
第六章:幸福とは何か
最後に、幸福について触れたいと思います。
「そんなに努力ばかりして、幸せになれるのですか?」と聞かれることがあります。
現代社会では、安楽や快適さが幸せと同一視されがちです。しかし、人間にとっての真の幸福とは、ソファに寝そべってテレビを見ることだけではありません。
人間が最も輝くのは、自分にとって意味のある何かに向かって、全力を尽くしている時です。
楽な人生が良い人生とは限りません。困難に挑み、自分の能力を最大限に発揮し、その結果として他者に貢献できた時、私たちは「深い満足感」を得ます。これこそが、永続的な幸福の源泉です。
私が「人生で一番大事なこと」としてGRITを挙げるのは、それが単に成功をもたらすからだけではありません。
GRITを持って生きること自体が、人生に意味と充足感を与えてくれるからです。
結び:あなたへのメッセージ
人生で一番大事なこと。
それは、あなたが「これだ」と思える目標を見つけ、それに対して誠実であり続けることです。
才能がないからと諦めないでください。
失敗したからと自分を卑下しないでください。
時間はかかります。近道はありません。しかし、一歩一歩、泥臭く足を前に出し続けることは、誰にでもできることです。そして、それこそが唯一、あなたを遠くへ連れて行ってくれる方法なのです。
かつて父に「天才ではない」と言われた少女だった私は、今、あなたにこう伝えます。
天才である必要はありません。
ただ、情熱を持ち、粘り強くあってください。
あなたの人生という物語の結末を決めるのは、才能ではなく、あなたの「やり抜く力」なのですから。
さあ、今日からまた、その一歩を踏み出しましょう。
応援しています。
アンジェラ・ダックワース